4年後の7月26日(7)
「まあ、私の言うことはすぐには信じられないかもしれないけど、信じようが信じまいが紛れもない真実だからね。あ、そういえば、さっき私、能力はタイムループだけじゃない、って言ったよね」
「ああ、たしかに言っていたな」
「そうそう。だからね、私、やろうと思えば、タイムループなんて迂遠な方法を使わなくても、直接的にパパがママに惚れちゃう魔法をかけることもできたんだよ。もっと直接的に二人を無理やりホテルに連れていって、パパにママを襲わせることだってできたんだよ」
「じゃあ、なんでそうしなかったんだ?なぜタイムループを使ったんだ?」
「遠回りに思えることが実は一番近道だったりするんだよね」
生まれる前の映月は、ニヤリと生えたての白い歯を見せた。
「私の特殊能力は、生まれる前限定なんだよね。人間界に生を受けた瞬間に使えなくなるし、効力も失われちゃう。仮に特殊能力を使ってパパとママをお互いに惚れさせたとしても、私が生まれた途端に魔法は解けて、二人は我にかえる。そうしたら最悪でしょ。目が覚めるやいなや二人は絶対に離婚する。私、片親なんて絶対に嫌だからね。グレるよ?」
「タイムループを使えば大丈夫なのか?」
「まあね。タイムループは他力本願型だから。私がするのは時間の巻き戻しという最低限のアシストだけで、あとは全部パパ自身が自分で考え自分で行動する。そこでパパが得た経験や磨いた感性は、私が特殊能力で与えたものじゃないから、私が生まれたあともずっと残り続ける」
「俺と瑞季があくまでも当人同士の意思でくっついたから大丈夫ということか」
「簡単に言うとね。でも、言うに易し行うは難しだよね。実際、当人同士の意思でくっつけるまでに900回以上も7月26日を繰り返さなくちゃいけなかったわけだから。特殊能力を使うのって結構しんどいんだよ?私、巻き戻しの瞬間になると毎回頭痛がしたんだから」
裕介は生まれる前の映月が愚痴っぽい性格であることが気になってきた。もしかして、映月も成長するにつれてこのような性格になっていくのだろうかと思うと、こちらこそ頭が痛い。
「それに、あのクソヒゲジジイがさあ……、あ、神様のことなんだけど、もういい加減に無理だから諦めろ、ってうるさいわけ。諦められるかっつーの。こっちは命がかかってるんだから」
生まれる前の映月は、わざと裕介に聞かせるかのごとく大袈裟にため息をついた。畏れ多き神様のことを「クソヒゲジジイ」呼ばわりするくらいだから、かなりの擦った揉んだがあったことが想像される。
「それはそうとして、パパとママをくっつけることはかなりの無理難題だったわけ。元々のパパは固定観念に自縛された超ストイック人間だったから、パパがママみたいなギャルを好きになるわけがなかった。それどころか、そもそも独身を貫くんじゃないかとの疑いすら強かった。ママの方からしたって、そんなツマラナイ男に言い寄られたところで落ちるはずがないでしょ。どう考えたってパパの性格を矯正しなくちゃいけなかったわけだ。でも、いくら時間を巻き戻してもパパはなかなか変わろうとしなかった。思い出して。最初の200回くらいなんてずっと職場に通い続けてたんだよ?ありえないよね?忠犬ハチ公もビックリの公僕だよね?」
「悪かったな」
たしかにあの頃の裕介はどうにかしていたと思う。完全に頭がイカれていたと思う。
「まあ、でも、私はパパが自然と変わるのを辛抱強く待った。私が特殊能力でイジっちゃうと、その分は私の出生とともに取り消されちゃうからね。あ、パパの職場の同僚とかを操作してパパを阿佐ヶ谷に誘導するくらいの気心はさすがに加えたんだけどね。とにかく、私はあくまでもパパの性格が自主的に変わるのを待った。そうしたら、やっぱりタイムループって偉大だよね。私の期待通り、パパは徐々にチャらくなっていった。遊びも覚えて、ママともお似合いの面白い男になっていた」
なるほど。タイムループの真の目的は裕介を堕落させることだったのか。
人間が日々努力をし、真面目に生きようとするのは、つまるところすべてが明日の自分に対する投資である。タイムループによって永遠に明日が来ないのだとすれば、どんな人間だって努力をやめ、品行方正に生きることをやめて快楽の海に溺れる。
常識でカチコチの超真面目人間であった裕介にだって、だいぶ遅効性ではあったが、タイムループの毒が効いた。無事、堕落することができた。無事、合コンで知り合ったギャルとワンチャン、という発想を持つに至れた。




