夢うつつの7月26日(2)
職場に着いてからも単なる偶然は幾重にも折り重なった。
大和の朝一の「飲みに行こうぜ」は定例行事だが、叔父がキャバ嬢へのプレゼントの件で職場に電話を掛けてきたり、あの実直な課長がポルノ映画に誘ってきたりということは明らかに異例だ。何より、手を変え品を変え阿佐ヶ谷への誘いが殺到する日は人生でそうあることではない。
夢が現実化するなどありえない。とすれば、この現実自体も夢ということではないだろうか。
裕介は、終業間際に大和を呼び出した。
「おお、どうした裕介。ビアガーデンの詳しい場所が知りたいのか?」
仕事が終わることが余程嬉しいのだろう。ユニセフのポスターに使われている外国の子供のように屈託のない笑顔だ。裕介はその笑顔をつねることによって歪ませた。
「痛っ!!おい、裕介、何すんだよ?」
大和の唾の飛び散りようといったら、わざと裕介にかけているんじゃないかと疑いたくなるくらいのレベルだ。
「痛いか?」
「馬鹿か!痛いに決まってるだろ!」
「じゃあ、夢じゃないのか……」
「おい、それって自分をつねんなきゃ分かんないんじゃないのか?」
「お前は馬鹿か?親から授かった体を傷つけるわけにはいかないだろ」
「俺にも親はいるぞ?……っていうか、寝ぼけてるのか?夢だって?現実に決まってるだろ」
たしかに大和の言う通りだ。これは現実だ。見えている映像も聞こえている音も大和の頬の触感も、全てが生々しい。これが夢であるはずがない。大和の発言に理があると感じたのは初めてかもしれない。
この大和とのやりとりが加わったことを除けば、完全に夢をトレースした一日だった。同僚の発言や行動だけでなく、利用者の顔ぶれや来るタイミングまでもが驚くまでに一致していた。
電車のつり革につかまりながら、裕介は今自分が体験していることの正体を突き止めようと頭を働かせた。
しかし、裕介の人生経験から導けることは何もなかった。ナンセンスについて考えること自体がナンセンスだと気付いて思考は停止してしまう。
もしかしたら、実験的に自己の行動パターンを大きく変えれば、そこから夢とは異なったストーリーが展開するのかもしれない。しかし、裕介の身体にはルーティーンが染み付いているため、結局裕介は夢と同じ時間に職場を離れ、夢と同じ時刻の電車に乗っていた。
それでも、裕介は自宅の最寄駅のホームへの一歩を踏みしめることができると確信していた。根拠はない。いや、そもそもこんな当たり前のことに根拠なんて必要ない。
しかし、裕介の期待は見事に裏切られた。
19時32分。「これで誰でも4年で英語が話せる!」という心配になるくらいに誇張のない広告が戸袋に消え、裕介が一歩を踏み出した瞬間、裕介は不思議な力によって再びベッドへと引き戻された。




