4年後の7月26日(4)
さて、公園で時間を潰すのもこれくらいにしておこうか。
結婚記念日のデートの間、映月を裕介の両親に預けることになっている。
映月の面倒をいつでも見てもらえるように、瑞季との新居は実家のすぐ近くに構えた。今いる公園は新居と実家を結んだちょうど中間地点くらいにあり、どちらに向かうにしてもここから徒歩約10分。
今朝、裕介の母親が電話で、
「今日は弥生も帰ってきてる」
と言っていた。
裕介がすかさず抗議を入れると、
「どうしてもはづに会いたいんだって」
だそうだ。
誕生日を一緒に祝ってくれる彼氏はいないのか、と毒づきたくなるが、愚妹は映月のことを我が子のように可愛がっており、映月も異様なまでに愚妹に懐いていることは紛れもない事実。
思うに、精神年齢が近いからだ。愚妹は映月の面倒を見ているというよりは、単に映月と遊んでいる。一緒になって叫んだり、ゴロゴロ転がったりしている。
電気クラゲの件以来、裕介の愚妹に対する不信感は残っているが、おそらく今日は両親の目もあるので映月に対して変な気を起こすようなことはないだろう。
そういえば、長年フリーターを続けていた愚妹も、映月と接している内に子供と接することこそ自分の天職だと悟ったらしく、今は保育士の資格を取るための専門学校に通っている。成績は案の定ドン底らしいが実習における子供から人気が尋常でなく、周りからは「10年に1度の怪物ルーキー」と呼ばれているらしい。これだけ充実した日々を送っているのだから、なおさらもう変な気を起こすことないと信じたい。
「はづ、そろそろおじいちゃんとおばあちゃんのところに行くぞ」
ベンチから腰を浮かせつつ、裕介はおいでおいでと手招きをした。
映月は返事こそしなかったが、裕介の言葉に反応し、ペンギンのように左右に身体を揺らしながらこちらに向かって歩き始めた。
その可愛らしい様子を微笑ましく見ていた裕介だったが、映月が砂場の縁に足を引っ掛けて顔面から転んだのを見た途端に、顔色を変えて映月の元へと駆け寄った。
「おい、はづ、大丈夫か!?」
女の子の顔に傷ができてしまったら一生響く。
裕介は慌てて映月を抱きかかえ、顔から出血していないかどうかを確認する。良かった。怪我はないようだ。
それどころか映月の表情は真顔だった。もしかしたら、突然転んでしまったためにまだ事態を呑み込めていないのかもしれない。きっとすぐに愚図りだすだろう。
そう思って裕介は映月を揺らしてあやし始めたのだが、一向に映月が泣き出す気配はない。
それどころか魂が抜かれたかのような表情のない表情をずっと保っていた。まるで蝋人形のようだ。
「はづ!はづ!」
打ち所が悪かったのかもしれない、と不安になった裕介は懸命に映月の名前を呼ぶ。
「はづ!大丈夫か!?はづ!はづ!」
途端に映月に表情が戻った。
しかし、戻ってきたのは裕介の知っている映月ではなかった。
「パパ、心配しないで。私は平気だから」
2歳児には不釣り合いな流暢な言葉は、明らかに映月の口から発せられていた。
「びっくりさせてごめんね。パパにお礼を言いたくて思わず出てきちゃった」
「お前は誰だ……?」
裕介の腕の中にいる「映月」はどう考えても映月ではない。
「私?もちろん映月だよ」
「そんなわけないだろ。映月は2歳で、まだ喋れないんだから」
「映月」は手で口を押さえながらクスクスと笑った。こんな笑い方をしている映月は見たことがない。
「私は2歳の映月ではないからね」
「じゃあ、大人になった映月か?」
「それも違う。うーん、説明が難しいなあ。私、生まれる前の映月なんだよね」
「生まれる前?」
一体どういうことだ?卵?精子?
「うん。生まれる前。卵とか精子とかツマラナイことは言わないでね。それよりも前の状態の話。パパ、生まれる前の人間ってどこで何をしてるか知ってる?」
「えーっと、あれか。天界にいて人間界を見下ろしてるとか」
「ご名答!やっぱり人間ってすごいよね。私たちの世界のことをよく知ってる。あ、ちなみに言っとくけど、天国とか地獄とか三途の川とかも、大体みんなが考えてる通り存在してるから。非科学的とか言って信じてない人はナンセンス」
「へえ、それは知らなかった」
気が付くと裕介は「生まれる前の映月」と普通に会話をしていた。
一般人だったら妖怪現象か何かだと恐れて、我が子であったとしても放り投げて逃げ出すのが関の山かもしれないが、タイムループという怪奇現象を嫌というほど経験していた裕介は、不思議なことに対しての免疫がついていた。
「私、パパのこと、天界からずっと見てたよ」
「それは恥ずかしいな」
「タイムループは楽しかった?」
「……え?それも見てたのか?」
「もちろん。だって、あのタイムループを起こしたのは私だから」




