4年後の7月26日(3)
肝心の裕介だが、実はうさ美や莉菜ちゃんに負けないくらいに幸せな人生を送っている。
今日は4年前のあの日同様によく晴れている。南中高度が同じだからだとは思うが、気候もあの日と変わらない。もっとも、今日はあの日とは違い日曜日なので、行き交う人々の時間の流れはゆっくりである。
強い日差しに目を細めながら、裕介は公園のベンチに腰掛けて、砂場で遊ぶ小さな女の子を眺めていた。
……おい、待て。違う。断じて不審なことをしているわけではない。
視線の先にいる少女は各務映月。
正真正銘、裕介の娘である。
映月はなかなかクリエイティブな才能の持ち主であり、今も砂場で何かを作っているのだが、凡人の裕介にはそれが何かは一切分からない。もっとも、2歳児なんてみんなこんなもんだと言えばそうなのかもしれない。
そういえば、映月はまだ言葉を発したことがない。9割以上の赤ちゃんは1歳児の段階で簡単な言葉を喋り出すそうなので、映月はかなり珍しい部類に入る。
念のため小児科の先生にも相談したことがあるが、検査をした結果、映月の脳や身体には何一つとして異常はなかったようで、「単なる個性」という診断をもらった。
これだけもったいぶられると、映月が最初に喋る言葉が何なのか、ということは裕介夫妻の大きな関心事となる。
裕介と妻はお互いに賭けることにした。映月が最初に喋る言葉は「パパ」か「ママ」か。「パパ」だった場合には妻が裕介に対して、「ママ」だった場合には裕介が妻に対して高級フレンチを奢る、という内容だ。
裕介の妻は、今は家で必死でアイブロウやマスカラと格闘している。ただでさえメイクに掛ける時間が常人より長いのに、今日は結婚記念日という特別な日なので余計に張り切っており、天照大御神のように自室に籠もったまま出てくる気配がない。
2年前の7月26日を入籍の日に選んだのは、10世代分以上この日を経験した裕介の、この日に対する思い入れゆえ、というだけではない。もちろん愚妹の誕生日は一切関係がない。
7月26日は裕介と妻-瑞季が出会った思い出の日だった。
結婚した後に本人に聞いた話によれば、合コンで裕介から「運命の人」であることを示唆された瑞季は、さすがに本気で裕介のことを「運命の人」だと思ったわけではなかったそうだ。
「ただね、面白い人だとは思った」
瑞季は照れながらそう言った。
運の良いことに、瑞季の好きな異性のタイプは「面白い人」だった。これは合コンの自己紹介でも言っていたので間違いない。
合コンの直後から付き合いだした2人は、今流行りのできちゃった婚によってゴールインした。
莉菜ちゃんには申し訳ないが、ファーストキスは瑞季とだった。
もちろん、瑞季に申し訳ないので、莉菜ちゃんのことは瑞季には一切言っていない。
うさ美の出ているバラエティ番組を録画するときも、「この司会の芸人のファンなんだよね」とか適当な嘘をついている。
つまり、真実を隠してまで守るべき家庭が今の裕介にはあるということだ。




