4年後の7月26日(1)
間違いなく世界で一番長い日であった7月26日が終わってから、丸4年が経った。
阿佐ヶ谷でチャラ男を救済することによってタイムループから抜け出してからの日々は、今まで抑えつけられていたバネが弾けるようにあっという間に過ぎていった。
チャラ男を助けた翌日、うさ美に会いに行くために都内の公園へと足を運んだ。
不運にも公園利用者に騒音を出しているとして通報されたらしい数名の警官に囲まれていた我が歌姫を呼びつけると、裕介は9億9999万4000円の額面が書かれた小切手を手渡した。うさ美は驚きのあまりに言葉を失った。うさ美が何も言えずにただ涙を流すだけの存在となったことを確認した警官たちは、これ以上の騒音被害が起きることはないと安心して帰って行った。
「どなたか知りませんが、本当にCDを買ってくださるんですか?」
うさ美がようやく絞り出した言葉に、裕介は地味に傷ついた。タイムループの性質についてはよく理解していたとはいえ、あれだけ通っていたのに一切の認知がないというのは寂しいものである。
「もちろん。影からずっとうさ美さんのことを見守っていました。大ファンです。うさ美さんには絶対やめて欲しくなかったんです」
初めてうさ美と話すことの緊張から台詞がテンプレートになってしまったが、その言葉に、うさ美は再び嗚咽を漏らし始めた。10億円近くの大金を援助してくれた人の発言は、どんな内容だってカッコよく聞こえるに決まっている。
「あ、CDの現物は一枚くれれば大丈夫です。製作費用がもったいないですし」
「ううん。そこは心配しないで。もうすでにおうちに100万枚分の在庫があるから」
このJKの脳内は一体どこまでお花畑なのだろうか。究極の取らぬ狸の皮算用じゃないか。まあ、裕介という狸がまんまと引っ掛かったので結果オーライだが。とりあえず、明日から毎日コースター代わりに使わせてもらうことにしよう。
「うさ美ちゃん、これからも頑張ってね。うさ美ちゃんは絶対売れるから」
「ありがとう。あなたがくれたチャンス、絶対に無駄にしないから。絶対に売れる。約束するね」
二人は指切りげんまんをした。
「針千本飲ます」のフレーズを言うときには躊躇した。うさ美の決意は嬉しいものの、真面目な話、うさ美が売れることは、う◯こに市場価値が付くことくらいにありえないことだと思っていたからだ。
そんな裕介の内心とは裏腹に、うさ美は「針千本飲ます」の部分も含めて自信満々に言い切った。
なお、指切りをするときのあの短いフレーズを歌い上げるときですらうさ美は持てる才能を存分に発揮し、リズムもメロディーも縦横無尽に自由に行き交っていたことは言うまでもない。
4年後の今、うさ美は有言実行を果たし、すっかり売れっ子となっている。
とはいえ、アーティストという括りではない。さすがに世の中はそこまでは甘くない。
うさ美は人気グラビアアイドルとなっていた。
どこかの雑誌のアンケートによれば、今もっとも中高生男子のオカズにされているとかなんとか。大事なところが見えそうで見えないという彼女の最大の武器は、ストリートミュージシャン時代にも遺憾なく披露されていたことは、彼女の路上ライブに100回以上参戦し、あらゆる距離、あらゆる角度から繰り返し彼女の肢体を観察していた裕介が一番よく知っている。
バラエティー番組にも引っ張りだこで、うさ美をテレビで見ない日はない。
結局、歌手として売れなかったのだから、裕介の破格の融資も無駄になったのかというと、そうでもない。
うさ美は路上で歌っていたところ、そのグラマラスな身体に目を付けられ、グラビアアイドルとしてスカウトされた。もしも、あのときストリートミュージシャンをやめていたら、今のうさ美はいなかったのである。
何より裕介が嬉しいのは、大好きなうさ美の歌をテレビで聴けていることだ。そんなに驚くべきことはない。あんな面白いネタがバラエティー番組でイジられないはずがない。
「音痴すぎるグラビアアイドル」という異名は、うさ美本人にとっては本望ではないかもしれないが、間違いなく彼女の人気に一役買っていた。海外の某有名アーティストが動画サイトにアップされていたうさ美の歌を聴いて、「Fantastic!!」と感嘆をあげたという逸話もある。
ちなみにうさ美は現在、「宇佐美ひいな」の芸名で活躍している。なるほど。名字に置き換えるだけでダサさがグッと和らぐのか。




