終焉の7月26日(3)
倒されながらも、裕介は去りゆく背中に対して、無我夢中で手を伸ばした。何かの感触があり、必死で掴むとそれはチャラ男の革靴だった。
よし。さすがに靴が脱げたら立ち止まるだろう。
勝利を確信した裕介だったが、チャラ男は振り返りすらしなかった。全力疾走なので靴が脱げたことにすら気付いていないのである。裕介は呼び止めようとしたが、鳩尾に肘打ちを受けた直後なので声が出ない。
ダメだったか…
諦めかけたその瞬間、チャラ男の足が突然止まった。
「あ、兄ちゃんそういえばさ、一緒に合コン行かない?」
あまりの急展開に、仮に鳩尾にダメージがなかったとしても裕介は言葉を失っていただろう。
チャラ男は振り返ると、裕介の元に歩み寄った。
「実は、俺、これから合コンに行くんだけどさ、男の知り合いがドタキャンしてさ。男女の人数釣り合わないから困ってたんだよな。兄ちゃん、暇そうだから来いよ」
合コン。
チャラ男が先を急ぎ、ついでに死に急いでしまった原因は合コンだった。こいつはどこまでもしょうもない奴だ。
裕介は駅前の方を確認する。例のバイクがまさにロータリーを通過するところだった。ミッション成功。
予想通り、時間の巻き戻しも起こっていない。とりあえずは一安心といったところか。
「おい、兄ちゃん、何か返事しろよ」
チャラ男は誰のせいで声が出なくなっているか分かっているのだろうか。裕介は全力を振り絞って、「ああ」とだけ答えた。
「もちろん暇だよなあ?」
ひとまず考えてみる。
道を聞く人間には必ず目的地があり、暇なはずがないのだから、チャラ男の「もちろん暇だよなあ?」は質問ではなく脅しの部類に入る。「暇だよなあ?」の後には、「お前分かってるよなあ?あーん?」が省略されている。
それはさて措き、今晩を暴力男と一緒に過ごすというのは気が重い。
でも、人生初の合コンは行きたい。ぜひとも行きたい。
でも、チャラ男とは早くお別れしたい。
あちらを立てればこちらが立たず。くそ。どうすればいいんだ……
いや、待てよ。問題は裕介の気持ちがどうかではない。冷静に状況を考えれば、答えは一つしかないはずだ。
「暇です。合コンに連れて行ってください」
「おお、兄ちゃん、分かってんじゃんか」
裕介にはチャラ男を近くで見守る義務がある。前回、駅でチャラ男と会ったとき、チャラ男はバイクに轢かれなかったのに、一足遅れてなぜかタイムループが起きた。
おそらくそのときチャラ男の身に何かが起きた、というのが裕介の推理だ。
だとすれば、バイクから救っただけで裕介の役割が終わったと考えるのは早計だ。これからチャラ男に起こるトラブルに裕介が対処しなければならない。
つまり、スパイとして合コンに参加しつつ、チャラ男の動静を監視しなければならないのだ。
「ちなみに、今日の女の子は粒揃いだぜ」
「マジっすか!?」
思わず取り乱した。しかし、あくまで裕介の目的はスパイだ。まあ、女の子が可愛いに越したことはないが。
「そうと決まったら、急ぐぞ!ただでさえ遅刻してるんだからな」
チャラ男はまた全力疾走を始めた。
おいおい、また轢かれるなよ?ドライバーの皆様方の余裕を持った安全運転を願いたい。




