終焉の7月26日(2)
裕介は、実質暦でいうと、約2年ぶりに阿佐ヶ谷駅に降り立った。
当然のことながら、以前来たときと景色は全く変わっていない。相変わらず通行人は数えられる程度だし、象徴と言えそうなものは耐用年数をとっくに過ぎているであろう大型ショッピングモールだけだ。
ロータリー側を一通り観察した裕介は今来た道を少し戻り、改札口まで戻った。
今回だけはチャラ男のセンスの欠片もない派手な鬣に感謝したい。仮に改札口から人が一気にドッと押し寄せることがあったとしても、あの唯一無二の髪型であれば一瞬で識別できる。捕まえ損ねることはありえない。
今の裕介には「チャラい人間」に対する偏見はないものの、肋骨を骨折させた上であらぬ犯罪事実で裕介をブタ箱送りさせようとしたあの「チャラ男」を救いたくないという気持ちは強い。初めて阿佐ヶ谷で見たときよりも奴に死んで欲しいという気持ちは高まっている。
しかし、タイムループと手を切るためには、苦渋の決断をしなければなるまい。
日本社会よ。どうか哀れな裕介のために、社会のゴミを一人ほど目零しすることをどうか許してくれ。
ちなみに、阿佐ヶ谷駅に来る前に裕介は一つ大きな仕事をした。
10億円を稼いだ。
誠人のアドバイスによって、馬券はインターネットでも購入でき、しかもクレジットカード決済が可能ということを知ったので、わざわざ500万円の札束を持って浦和競馬場に向かうことはしなかった。加えて、1レースに賭けられるベットには限度額がある、という話も聞いていたので、複数の競馬場の複数のレースに分散投資することにした。
裕介が獲得できる金額は全てのレースを合計して11億4817万円。
考えてみると、1レースで10億円を超える配当を出してしまえば、大衆の耳目が集まり、不正を疑われかねない。
裕介は500万円のうちの150万円はわざと外れ馬券を購入するようにし、偽装工作をも図った。
これで帰宅する頃には10億円を超える大金が手に入っているはずだ。
うさ美の今後のライブ予定は本人から耳にタコができるくらい聞かされている。そこで10億円の小切手を渡し、ミリオンヒットを達成させ、崖っぷちのうさ美を一気にスターダムへとのし上げてやろう。
税金を払ってもなお余った配当金で、誠人を「ロム」に連れて行った上で、莉菜ちゃんにドンペリでも開けてあげようか。
チャラ男に虐げられていた前回とは対照的に、裕介の胸は期待で膨らんでいた。
19時31分阿佐ヶ谷駅着の電車がホームに到着してほどなく、改札口に猪突猛進してくるチャラ男が見えた。
その迫力と前回のトラウマが与える恐怖心もあり、思わず避けたくなる気持ちをグッと抑え、裕介は一歩前に踏み出した。
そして、改札を通過した瞬間のチャラ男に声を掛けた。
「すいません」
「はあ?てめえ誰だよ?」
チャラ男は呼び止められたというのに、一切速度を緩めようとしない。仕方なく裕介も並走する。
「ちょっと待って下さい。道を教えて欲しいのですが」
「はあ?てめえ、ふざけんなよ!道だったらお巡りさんにでも聞けや」
お前がお巡りさんだろ、と苛立つ気持ちを胸にしまいつつ、裕介はあくまでも穏やかなトーンで続ける。
「すいません。本当に困ってるんです」
「知らねえよ!こっちは急いでるんだよ!人助けとか興味ねえんだよ!」
警察としてあるまじき発言を捨て台詞として、チャラ男はさらに速度を速めて強行突破しようとした。
裕介は慌ててチャラ男の腕を掴んだ。
「そんなに急いでどこに行くんですか?」
「てめえには関係ないだろ!」
チャラ男が裕介を振り払おうと腕を回した。
力では明らかにチャラ男が上回っている。それでも裕介は、両手を使い、タンクトップから伸びた筋肉質の腕に全力でしがみついた。数秒でいいからチャラ男を止められれば裕介の勝ちである。
「てめえ、何考えてんだよ!やめろよ」
チャラ男が腕を振り回すので、肘がお腹に入る。アバラを折られたトラウマが脳内を暗く覆いそうになるが、裕介は必死で耐えた。
しかし、意図的にやったとしか思えない強烈な一撃を喰らったとき、裕介は呼吸ができなくなった。鳩尾を捉えたようだ。もう意思の強さだけでは如何ともしがたく、自然と手の力は弱まり、チャラ男の怪力によって裕介の身体は地面に叩きつけられた。




