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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第3章ー牙を剥くタイムループ
40/51

終焉の7月26日(1)

 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……

 耳慣れた電子音に反応して瞼を開けた裕介の目に入ったのは、見慣れた天井だった。アラーム音もありきたりのもので天井にも意匠いしょうはないが、さすがにここが自分の家かどうかくらいは分かる。

 裕介は慌てて飛び起きると、走ってリビングへと向かった。



 「お兄ちゃん、おはよう」

 耳障りなアニメ声をこんなに愛おしく思ったことは未だかつてないだろう。

 愚妹と向かい合っている薄型テレビが映しているのは、間違いなく宮本・佐々木ペアの鵠沼海岸での熱戦である。


 「おい、弥生、今日は7月26日だよな!?」

 「え?何?どうしたの?」

 「今日は弥生の誕生日だよな!?」

 「お兄ちゃん、覚えててくれたんだ!?嬉しい!!」


 裕介は胸に飛び込んできた愚妹をそのまま受け入れた。あまりの幸福に誰でもいいから抱きしめたい気分だった。



 なぜ再びタイムループが起きたのか。その理由は分からない。タイムループの規則性は裕介の認識の範疇はんちゅうを超えた。タイムループを完全に手中に収めたつもりだったが、甘かった。やはり、自分は踊らされている立場に過ぎなかった。

 

 とはいえ、考えることを放棄するわけにはいかない。ミスしてからでは遅い。不意に巻き戻しが止まってしまえば、取り返しがつかないことになる。


 それにしても、うちの愚妹はまな板そのものだな。いくら強く抱きしめても胸部からの反発がゼロだ。



 それはさてき、時間の巻き戻しが起こるタイミングがズレたのは初めてだった。

 過去959回の巻き戻しは、19時32分31秒に起こっていた。

 巻き戻しの瞬間は急な景色の転換によって目を開けていると軽い乗り物酔いのようになるため、裕介にはこの時間の直前に目をつむってスタンバイする癖がついていた。だから、巻き戻しの起こる時間は常に意識していた。間違いない。それは例外なく全て19時32分31秒に起きていた。


 しかし、前回の巻き戻しは、正確な時間は分からないが、少なくとも19時48分以降に起こった。16分以上も長引いている。異常事態だ。



 裕介の腕時計の時間が狂っていた可能性はないだろうか。

 −いや、ありえない。

 この時計が7月26日において正確に時を刻んでいたことは、959回も実証されている。なぜ960回目の7月26日だけそれが狂うのか。

 チャラ男に暴行された際に時計が壊れた可能性はなきにしもないが、果たしてそんな壊れ方をするだろうか。外からの衝撃によって壊れたとすれば針が全く動かなくなるはずだ。そうでなく針が進むのが十数分早まるという故障はあまりにも奇怪である。


 というか、裕介は一体いつまで愚妹を抱擁しているのか。急に恥ずかしくなり、腰に回していた手を離す。



 それもさて措き、なぜチャラ男の命を救ったのにもかかわらず、タイムループは再び起こったのか。もしやタイムループの黒幕はチャラ男ではなかったのか。

 −いや、チャラ男がタイムループと無関係なはずはない。なぜなら、チャラ男を救うことによってタイムループは止まりこそせずとも、遅れはしたからだ。

 チャラ男が轢死れきしせずに済んだことは、間違いなく19時32分の壁を乗り越えられた要因だ。

 とすれば、なぜ十数分後にタイムループが起きたのか。

 タイムループが起きた瞬間、チャラ男は私用の電話のために取調室の外に出ていた。もしかして、そこで暴漢に襲われて絶命したのではないか。突飛な発想であるが、滅茶苦茶な捜査によって冤罪となった被害者からチャラ男が恨みを買っていたとしてもオカシくないので、案外ありえる筋かもしれない。


 それより、裕介が手を離したのにも関わらず、愚妹が裕介にまとわりついたまま離れてくれないのだが。先程から目を瞑ったままだし、もしかしたら寝ているのでは?




 さて、これから裕介はどうするべきだろうか。

 愚妹のお腹にグーパンをすることは確定だが、問題はその後だ。

 正直、タイムループが怖い。取調室で味わった絶望がトラウマになっている。

 早くタイムループから抜け出したい。このままタイムループが続くようだと、きっとまた裕介は調子に乗り、今度こそ取り返しのつかない災厄さいやくを引き連れてしまう。


 −よし。タイムループを終わらせよう。

 方法は、阿佐ヶ谷でチャラ男を救うこと。これによって確実にタイムループが終わるという保証はないが、いくら頭を捻ってもこの正攻法に勝る方法は思いつかないだろう。

 

 愛すべき7月26日、今までありがとう。

 そして、さようなら。


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