完全犯罪の7月26日(6)
異様なまでのアバラの痛みによって脳神経がヤられてしまったらしく、意識は朦朧としていた。
裕介の生存本能がチャラ男に逆らうべきでないと警告を発している。裕介は大人しく取調べに応じることにした。
捜査機関の買収が蔓延っている発展途上国ですら、こんなお粗末な取調べを行っている国はないだろう。
暴力ライオンは嗚咽を上げながら床で這いずり回っていた裕介のポケットに手を突っ込むと、財布を取り出し、身分証明書で裕介の名前を確認すると、それをそのまま真っさらな供述調書に書き写した後、裕介の右手を掴み、親指に朱肉を当てつけ、それを供述調書に押しつけることによって署名押印に代えた。
そして、裕介を横たえたまま、パイプ椅子に腰掛け、供述調書の作成に入った。
ペンを走らせながら、「これはヤベェな」とか「お前、なかなか面白えじゃねか」とか言って高笑いをしている。
無論、裕介は一切の事情聴取を受けていない。
結局、裕介が一言も口を挟む間も無く、裕介の供述調書が完成した。
「じゃあ、内容を読み聞かせするから、何か間違ってるところがあったら指摘しろよ。ただし、指摘一回につき指の骨を一本折るからな」
どう考えても警察官の台詞ではない。任侠映画の親分役の台詞だ。抵抗した被疑者の指の骨をポキポキしながら、「これも正当防衛だから」と言い訳する姿が容易に浮かぶ。
「おい。返事はどうしたんだ?返事は、はい、だろ?」
「はい」
「よし、読み聞かせるぞ。私は各務裕介です。私は変態です。私は電車内で知らない女の人のお尻をペチペチしました。ペチペチしながら、ヤッホヤッホーと歓声をあげました。もちろん、そのとき私は下半身を露出していました」
供述調書の裕介は、こんな調子で本物の裕介の身に覚えのない出来事を延々と自白し続けた。
間違いをいちいち指摘していたらおそらく指が粉々になっていたことだろう。
チャラ男が供述調書を読み上げている間、裕介はなるべく違うことを考えるように努めた。
チャラ男は自分で書いた文章を読み上げながら、ところどころでガハハと大声で笑った。
最後まで読み切ったときには、文字通り抱腹絶倒していた。こいつは正真正銘の悪魔だ。どう考えてもバイクで轢死させておくのが世のため人のためである。
裕介は腕時計を確認して、一縷の希望すら根こそぎ奪われたこと確認した。19時48分。960回繰り返された7月26日がついに幕を閉じることが確定した。
チャラ男は放心状態の裕介に声を掛ける。同時に足を踏まれた気がするが、おそらくわざとだろう。
「兄ちゃんが面白いことしてくれるから、思ったより盛り上がっちゃったぜ。次の予定、遅れて行こうかとも思ったけど、これはキャンセルするしかねえな。兄ちゃんのせいだな」
チャラ男が裕介の足をグリグリと踏みにじる。ほら、やっぱりわざとだった。
「ちょっと外で電話してくるから、大人しく待ってろよ」
もちろん脱出を試みる意欲などとっくに削がれている。バタンとドアの閉じる音を聞き、一人になったことが分かったとき、裕介の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
結果として、タイムループは裕介に負の遺産しか残さなかった。
明日からの日々を思うとため息しか出ない。まずは病院に行き肋骨を接合せねばならない。それから、ハローワークで仕事探し。裁判所からの呼び出しにも応じなければならない。
未来はどこまでも暗い。うさ美も引退待ったなしだし、莉菜ちゃんに会いに行くためのお金もどこまで持つか分からない。残された道は、誠人とともにドブのような廃人ライフを送ることくらいかもしれない。
涙が小さな湖を作るのにはそれほど時間を要さなかった。新たな雫が加わるたびに湖面に映った裕介の顔がゆらゆらと揺れる。ゆらゆらゆらゆら。ゆらゆらゆらゆらゆらゆら……




