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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第3章ー牙を剥くタイムループ
38/51

完全犯罪の7月26日(5)

 「残業」「予定もパー」というチャラ男の言葉が裕介にとって死刑宣告に等しいことは言うまでもない。

 裕介がタイムループを止めるための条件は、阿佐ヶ谷でバイクへと突っ込んでいくチャラ男を救うこと。

 期せずしてついに裕介はこの条件を満たしてしまった。チャラ男を一秒でも足止めすればいいところを、取調べに付き合わせてしまっている。おかげでチャラ男が犬死することは絶対にありえない。彼は本来バイクに轢かれるべき時間を裕介と2人きりの密室で過ごすのだから。



 このタイミングでタイムループを終わらせるのはどう考えてもマズイ。


 馬券を買っていないためにうさ美の引退を阻止できないこともそうだが、何より裕介に痴漢の前科が付いてしまうのがマズすぎる。26年間真面目に生きることによって積み上げてきた裕介の地位が名誉が信頼が実績が全て吹き飛ぶ。それどころか、公務員の裕介は懲戒されて職を失うだろう。裕介の人生が終わる。


 というか、この世の中、一体どうなってるんだ!

 チャラチャライオンが警察官とか日本の治安はもはや壊滅的だ。

 先程来さきほどらいの発言を聞いている限り、こいつ、見た目だけでなく中身もクレイジーだぞ!採用担当者、一体何を考えてるんだ!?そうか。分かったぞ。こいつ、警視総監けいしそうかんの息子だな。親のコネだな。腐ってる。この世の中腐りきっている。


 「とりあえず、この紙の一番下に署名と押印してくれない?」

 そう言ってチャラ男が裕介に手渡した用紙は白紙の供述調書だった。


 おい!署名と押印だけ先にもらって、後で白紙を好き勝手に埋めるつもりだろ!!

 虚構の犯罪をでっち上げるとは、弊害の大きさが強引な取調べ等の比じゃない。一体このチャラ男の手によって過去に何人の冤罪被害者が生まれたのだろうかと思うと身の毛もよだつ。



 裕介は頭をフル回転させた。

 どうすればこの絶体絶命のピンチを切り抜けられるだろうか。


 取調べをサッサと終わらせれば、もしかしたら19時32分に阿佐ヶ谷に着く電車に間に合うんじゃないか、と一瞬思ったが、今いる駅から阿佐ヶ谷までは乗り換えがスムーズにいったとしてもちょうど1時間かかる。時刻はすでに18時55分であり、とっくに手遅れだ。

 

 無実を勝ち取るのも、担当警察官が人権ガン無視のチャラ男である時点で無理筋。


 となると、脱出口は一つしか考えられない。


 「天誅てんちゅう!」

 裕介はチャラ男に飛びかかった。

 狙いは彼の制服のポケットにある拳銃。これを奪い取ってチャラ男を射殺する。そうすれば、チャラ男を救うというミッションは失敗し、その瞬間に時間はまた巻き戻るはずだ。


 しかし、裕介のトライはあっという間に挫かれた。

 同時に肋骨ろっこつも数本挫かれた。胸部に強烈な痛みを感じる。


 「ちょっと、兄ちゃん、何してくれてるの?今ので公務執行妨害もプラスだからね?」


 苦しそうに床で悶える裕介を見て、チャラ男はさらに一言付け加えた。

「あーあ、今月で4度目の正当防衛だわ」


 これでジ・エンドか。

 裕介は過去の行いを悔やんだ。こんなことになるんだったら、学生時代勉強ばかりしてないで体を鍛えておけば良かった……いや、大丈夫。分かってる。そもそも痴漢なんてしなければ良かったんだ、って。


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