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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第3章ー牙を剥くタイムループ
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完全犯罪の7月26日(4)

 快速電車が数駅飛ばして次の停車駅に到着したとき、裕介の中では、これからわが身に訪れる犯行の追及に対する恐怖心よりも、今にもイチャイチャし始めそうな女性とサラリーマンの姿をこれ以上見せつけられなくて良かったという安心の方が上回っていた。

 電車が痴漢犯を移送していることがどうして伝わったのかは不明だったが、駅のホームにはすでに複数の駅員がスタンバイをしていた。

 「おい、降りろ」

 とサラリーマンに矢鱈やたら乱暴に腕を引っ張られたものの、裕介には最初から抵抗する気はなかった。ましてや暴れるつもりなど皆目かいもくなかったので、わざわざ人員を割いてホームで裕介を囲んでもらわなくても結構だった。

 どうせ誰も裕介を捕まえられない。裕介のすべきことといえば、刻一刻と近づいてきている、無罪放免の朝を待つことだけだ。




 裕介が連行された部屋は何もない小部屋だった。雰囲気は2時間ドラマでよく見る取調室に似ている。

 裕介は部屋をぐるりと一周した後、一つだけあるドアの前に立ち、ドアノブを捻ってみた。開かない。どうやら外側から鍵が掛かっているらしい。このことから考えても、この部屋はおそらく駅構内や電車内で痴漢・盗撮・喧嘩などをした人間を連行し、取調べを行うための部屋だということだろう。

 裕介はパイプ椅子にお尻から飛び込んだ。


 裕介をこの部屋まで案内した駅員は、裕介に対して一言、「警察の人が来るまで待ってろ」とだけ告げた。駅員の口調はどこか気怠けだるそうだった。それくらい痴漢は日常茶飯事ということかもしれない。この国の男性諸君の鬱憤うっぷんの溜まり具合は計り知れないものがある。


 

 裕介が時計に目を遣ると、長針も短針もともに数字の6に集まっていた。

 18時30分。あと1時間もすれば裕介は無事解放される。

 

 それまで警察とどう遊ぼうか。

 簡単に自白してもツマラないからあえて否認してみようか。

 考えてみれば、被害者の女性は触られたことにすら気付いていないのだから、サラリーマンの証言以外の証拠はない。仮に裕介がサラリーマンの勘違いないしでっち上げを主張したら、証拠不十分になるのではないか。一瞬触れただけなので、手に下着の繊維せんいが付着しているということもないだろう。

 実に面白い。「冤罪でした。ごめんなさい」と頭を下げるサラリーマンは是非とも見てみたい。


 若しくは、サイコパスを演じて警察を挑発してみても面白いかもしれない。

 いや、待てよ。殺人犯のサイコパスはイメージが湧くが、痴漢のサイコパスはイメージが湧かない。

 「人を殺すの楽しい。キャハハ」

 だと完全なサイコパスだが、

 「女の子のお尻触るの楽しい。キャハハ」

 だとただの変態だ。ただのいさぎよい変態だ。


 そうだ。発想を逆転させてみよう。

 「僕、女の子のお尻触っても全く興奮しません。触ってるときは仏像を撫でているのと同じくらい神聖な気持ちでした」

 というのはどうだろう。だいぶサイコっぽい。よし、採用。


 そういえば、品行方正をでいっていた裕介が警察のお世話になるのは初めてだ。一体どんな奴が来るのだろうか。やはり武闘派のイカつい奴か、それとも真面目一筋のヒョロい奴か。

 さあ、誰でもいいから掛かってこい。史上最強の完全犯罪者を前にして目を回すがいい。




 カチャリと鍵の外れる音がして、ドアが開いた。間もなくカツリと裕介の顎が外れる音がして、裕介の口がありえない大きさに開いた。


 「あんちゃん、しょうもないことやってくれんなよな」


 挨拶がない、とか、タメ口だ、とか、疑わしきは被告人の利益の原則に反してる、だとか、たった一言しか発していないのに文句の付けどころのオンパレードだ。

 しかし、裕介にはそれを一つ一つ指摘しているような心の余裕はなかった。

 口だけでなく、汗腺かんせんまでも全開だった。この調子で冷や汗をかいていたら、おそらく30分も待たず脱水症状を起こす。


 入室した人物は、裕介がよく知っている人物だった。

 会ったのは一度だけだし、話したこともない。

 しかし、裕介が忘れるはずもない人物だった。


 「俺の身にもなってくれよ。兄ちゃんのせいでこっちは残業だぜ。楽しみにしてた予定もパー。頼むからさっさと死刑になってくれない?」


 裕介のよく知っている人物-阿佐ヶ谷のチャラ男は、おかたい警官服と全くマッチしていないライオンヘアーを大胆にき上げた。


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