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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第3章ー牙を剥くタイムループ
34/51

完全犯罪の7月26日(1)

 莉菜ちゃんは人懐っこくてガードが緩いようで、ここぞというときには徹底的に脇を固めてくる。例えるならば、シルクロードで交易を積極的に行う一方で、万里の長城によって侵略を防ぐ古代中国といったところか。

 聞くところによると莉菜ちゃんは苦学生で、大学に通うにあたって奨学金に頼らず、「ロム」で働いて稼いだお金で授業料を支払っているらしい。

 「遊ぶための小遣いをゲットして、ついでに小金持ちの彼氏をゲットするためにバイト感覚でやってる子とは違うの」

 とは莉菜ちゃん談。

 そんな断固とした決意を持った莉菜ちゃんなので、裕介が色々と省略して猛アタックをしたところで愛想笑い以上のものは返ってこない。

 何度も続けて通い、莉菜ちゃんへの指名を重ねればワンチャンあるかもしれない。しかし、残念ながらタイムループの渦中かちゅうにいる限りは、莉菜ちゃんを何度指名しても積み重ならない。莉菜ちゃんにとっては裕介は永遠に一見いちげんさんなのである。



 そんなむなしさを抱えながら、裕介は帰りの電車に乗り込んだ。

 19時32分になれば自動的に自宅のベッドに転送されるのだから電車で帰る必要はない、という指摘はごもっともである。厳密に言えば、裕介は帰りの電車に乗り込んだのではなく、裕介が乗り込んだ電車がたまたま自宅方面の電車であっただけである。

 目的地は自宅ではない。とはいえ、明確な目的地もない。

 なぜなら、裕介がこの電車に乗ったのはある女性をけるためだからである。



 裕介の頭の中には、タイムループの最悪の濫用らんようの方法があった。禁じ手と言ってもいいかもしれない。裕介は開けてはならないパンドラの箱に手を掛けようとしていた。


 先刻せんこくから裕介が尾行している女性と面識は一切ない。裕介がこれからしようとしていること-痴漢ちかん-の被害者に顔見知りは選び難かった。



 人間が犯罪に走らないための歯止めとなっているもの。

 それは法律と良心である。

 国から与えられる刑罰の恐怖、そして、内から与えられる自責の念との葛藤かっとう。この2つが反社会的な欲望をしずめ、社会を安定化している。

 

 しかし、今の裕介には法律の抑止力よくしりょくは通用しない。

 警察に捕まったところで、裕介が牢屋ろうやに送られることはない。取り調べの最中に19時32分が訪れ、裕介は無条件で解放される。犯罪事実すらもなかったことになる。

 タイムループのおかげで1つ目のハードルはクリアされる。

 

 他方、ここしばらくの享楽的きょうらくてきな生活によって堕落だらくしきっているとはいえ、裕介にもかろうじて良心は残っている。

 もっとも、同情の対象は自分に近しい人間に限られていた。

 たとえば、裕介は莉菜ちゃんを悲しませたくはない。裕介が莉菜ちゃんを襲ったとき、莉菜ちゃんが涙でも流すことでもあればその瞬間に確実にえる。時間が巻き戻れば、莉菜ちゃんは裕介に陵辱りょうじょくされたことをすっかり忘れ、普段通りに無防備に身体を寄せながら接客してくれるのだろうが、一時的であれ莉菜ちゃんを傷つけた事実は裕介の心を締めつけ続ける。

 同じことは当然うさ美に対しても言える。


 一方、今まで裕介の人生に関わってこなかった人間に対しては、裕介はこれっぽっちも憐憫れんびんの情を抱かない。良心というリミッターは働かない。

 こうして2つ目のハードルさえ乗り越えられれば、裕介はもはや欲望のままに行動するけだものだ。


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