社会的底辺の7月26日(1)
気が付くと、ハゲたオッサンこと真田誠人と裕介は意気投合していた。お互いの趣味や性格が似通っていたという訳ではない。むしろ、誠人は裕介が持っていないものを全て持っていいて、かつ、それだけで構成されていた。誠人はギャンブル狂で、楽天家で、頭よりも先に身体が先に動くタイプで、常に欲望のタガが外れていた。
だからこそ、誠人の人生は波乱万丈で予測不可能だった。誠人の話は裕介にとっては遠い外国の話よりも馴染みのないものばかりで、どれも刺激的で、裕介を強く惹きつけた。
「ワシも若い頃はブイブイ言わせてたんだぜ」
誠人の顔はすっかり紅潮しており、もともと舌足らずだった喋り方にも輪をかけて呂律が回っていない。原因は言うまでもなく彼の手に握られたワンカップであり、同じものが裕介の手にも握られている。
「モテてたんですか?」
かく言う裕介の呂律も若干怪しい。普段お酒を飲まない裕介がすでにワンカップを2本空けている。誠人はその2倍飲んでいる。価格は安いもののアルコール度数がそれなりに強いこのお酒が社会の落伍者の愛好品となっていることには頷ける。
それにしても青空の下、芝生の上に座って酒を煽ることがこんなにも気持ちいいことだとは思わなかった。今まで裕介がクズだと見下していた人種は、実は誰よりも素敵な人生を送っているのかもしれない。
「モテてはないさ。若造、いいか。モテるかどうかを気にするのはせいぜい中坊くらいまでだ。大人の漢はウジウジと自分の容姿を気にしてる暇があったら、周りの女の容姿の変化を気にして褒めてやれ。そうすりゃ、女にも好かれるってもんよ」
「そんなもんですか」
「ああ、そんなもんだ」
誠人はすでに干支を4巡した、と言っていたので50歳前後だろう。頭頂部で森林破壊が起きたのは加齢のせいだとしても、150センチにかろうじて届くかどうかという身長を見ても、左右で大きさがあまりにも違う目を見ても、薄情さを自白している薄い唇を見ても、彼が生涯通じて女性を惹きつけることがないルックスであったことは推測できる。
「おお、若造、疑いの目でワシを見てるな?」
「はい」
「正直な奴だな?ワシがフィリピンパブの女の子と懇ろになった話はまだしてないよな?」
「まだ聞いていないです」
実はすでに誠人と飲むのは10回目くらいであるが、その話は初めてだ。
盗人と被害者という関係で初めて誠人に会ったとき、誠人から取り返した500万円で馬券を買おうとしていた裕介だったが、「若造は競馬のイロハが分かってない」と逆に叱られ、「教えてやる。ついてこい」と無理やり今いる芝生に連れてこられ、説教という名目の酒盛りに付き合わされた。
その間、裕介が馬券を購入しようとしていたレースは終わり、億万長者になるチャンスを逃したわけだが、誠人と飲むのが楽し過ぎてそれどころではなかった。
裕介はタイムループによって時間が巻き戻ると、再度浦和競馬場に足を運び、500万円の札束が入ったボストンバッグの代わりにワンカップが大量に入ったコンビニの袋を持って、誠人の定位置である芝生に向かった。
決してうさ美のことを忘れたわけではない。うさ美はいつかは助ける。ただ、どうせ時間は進まないのだから急ぐ必要はない。
「じゃあ、話すぞ。あれはワシが若造と同じくらいの歳の頃だった。今も流行ってるが、あの頃もフィリピンパブが流行っててな。ワシは通いつけの店で一人のフィリピーナに恋をした。レイナって言ってな。可愛らしい子だったんだ。ワシはこの子と一夜を過ごしたいと思った」
「フィリピンパブって性交渉できるんですか?」
「いやあ、普通はできない。だから、ワシはその店に通い詰めた。パチンコで勝ったお金を湯水のように注ぎ込んで、レイナちゃんを口説こうとした」
誠人は当時からギャンブルで生計を立てていたということだろうか。気になったのでまた今度聞いてみよう。
「それで口説けたんですか?」
「まあな。ある日、いつも明るいレイナが深刻そうな顔をしてたから、どうしたんだ?と話しかけたんだ。そしたら、助けて欲しいことがある、と泣きついてきたんだ」
「借金ですか?家賃が払えなくて困ってるから、お金を貸して欲しいとかいう話ですか。お金を貸してくれたら代わりに愛人になってくれるとかいう話ですか?」
「若造、なかなか性根が腐ってるな?そんな話じゃない。もっと深刻な悩みだ」
たしかに裕介はフィリピンパブで働いている女性を蔑視している節があるかもしれない。反省しよう。
「性病だ。レイナちゃんはこの前ユキズリの男とヤったらしいんだが、そのときに性病を伝染されたんじゃないか、って心配しててな。検査するにも検査をするお金がない。だから、ワシとヤって、性病が伝染るかどうか実験したい、と涙ながらに頼んできた」
ん?裕介の想像よりもはるかに性質が悪くないか?
「で、ヤったんですか?」
「もちろん。こちらからしたら渡りに船だ。ワシの念願が叶ったんだ」
「で、性病になったんですか?」
「なった」
自慢話かと思ったら、オチを聞いたらとんだ自虐話だった。
裕介は腹を抱えて笑った。誠人の話は先が読めなくて本当に面白い。




