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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第2章ー濫用されるタイムループ
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塞翁が馬の7月26日(1)

 一旦現場に通い出すと、一度たりとも穴を開けずに全通したい、というのがファン心理である。

 うさ美の魔法によって、裕介のマインドもすっかりかように染まっていて、今日はうさ美のライブに行けない、と考えると落ち着かない。麻薬依存者の禁断症状のように歯がガタガタと震えている。

 通常、禁断症状が起こる原因は、アイドルやアーティストに「あの人、全通ぜんつうなのに今日は来てないんだ」と思われるのが嫌だったり、自分がたまたま行かなかったライブが神回で、それを見逃すことを恐れていたり等々である。しかし、裕介がうさ美のライブを欠席したところで、過去に裕介に会ったことを忘れているうさ美が失望することはないし、ライブの内容は過去に裕介が幾度となく見たものの写し絵だ。裕介に禁断症状が起こる理由はないといえばない。とはいえ、それでも起こるのが禁断症状だ。



 裕介は決意した。8月以降もうさ美がギターをかき鳴らしながら、喉をかき鳴らしながら音楽を届ける姿を見たい。その気持ちが、ずっと停滞していた裕介に大きな一歩を踏み出させた。



 うさ美の夢を繋ぐために裕介がしなければならないことは2つ。


 まずは、10億円を手に入れること。

 10億円なんて大金、普通の人だったらそう簡単に手に入るものではない。一生働いた上でせっせと倹約をしても、その大台には届かない。

 

 しかし、タイムループを用いれば、1日で手に入る。

 うさ美がパトロンを必要としていると知るや否や思いついても良さそうな簡単な方法である。しかし、裕介の人生にはもっとも縁遠いあるものを利用しなければならないため、裕介がこの方法を思いついたのは、うさ美と出会ってから200回以上の7月26日を重ねてからだった。


 裕介は快速電車に揺られている。つり革を握る手とは逆の手で握られているボストンバッグは今は中身がスカスカだが、帰る頃には札束でパンパンになっていることだろう。ちなみに、スカスカとはいえども中には500万円分のピン札が入っている。裕介の全貯金である。

 自分で稼いだ、自分の口座にあるお金だというのに、下ろすのに本人確認やら何やらで1時間近くかかったことは腹立たしかった。しかし、この原資がなければ何も始まらない。



 もう1つ裕介がしなければならないこと。それはいうまでもなく、タイムループを終わらせることだ。

 阿佐ヶ谷でチャラチャライオンの命を救うことの倫理上の問題は拭えていないが、うさ美のためだと思うと規範を乗り越えられる。金科玉条きんかぎょくじょうの信念ですらも捻じ曲げてしまうのが大切な他者の存在であると気付かされる。





 目的地である浦和競馬場に着いた裕介は、まず人の多さに驚く。

 同じ市内にあるサッカースタジアムの半分以下であるとはいえ、3万人という収容人数は途方もない。

 最近はデートスポットとしても注目されているという噂だが、さすがに今日は平日であるため、若い男女はそれほどいない。代わりにステレオタイプ通りの、片手に競馬新聞、逆の手にワンカップを持った瘋癲ふうてんの者が目につく。平日の昼間であるというのに、驚異の集客と異様な乱痴気騒らんちきさわぎがもたらされているのはひとえに彼らプー太郎のおかげである。


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