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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第2章ー濫用されるタイムループ
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ぬるま湯の7月26日(1)

 少女と運命の邂逅かいこうを果たしてから、裕介が彼女の独創的な歌声を聴くために駅前の広場に通った回数は、早100回を数えようとしていた。

 

 裕介は彼女の歌声のとりこになってしまった。美人は3日で飽きるし、美声も3回聴けば飽きるが、彼女の奇声とも雑音ともとれる歌声に飽きはやってこなかった。タイムループによって、パフォーマンスは寸分狂わずに繰り返されているにもかかわらずである。

 譜面にとらわれず、高音と低音、地声とファルセットを行き来するので、何度聴いていても先が読めず、新たな発見が常にある。現に裕介は、83回聴いている限りでは「ここはキーが高すぎて声が出ないのだな」と分析していたポイントで、84回目になってようやく僅かに超音波が出ていることを察知するに至った。風によって広場の低木の葉がこすれる音かと思っていたら、実は少女の喉のかすれる音だったということもあった。

 これらのめくるめく表現がたった一人の女子高生の中から発せられているとはにわかに信じがたい。裕介は以前、ジキルとハイドの一人芝居を見たことがあるが、それよりも遥かにすごい。あんな可憐な少女からあんなグロテスクな声が絞り出されるだなんて誰が想像出来るだろうか。天才、という言葉はまさに彼女のためにあるのだと思う。



 幾度となく足を運んでいる中で徐々に分かってきたことがいくつかある。


 まず、少女の名前。

 うさ美、というらしい。実は、初めて彼女を見たときから、あぐらをかく彼女の隣に「うさ美」と書かれたホワイトボードが置かれていることには気付いていた。もっといえば、彼女の頭に薄ピンク色のうさ耳のカチューシャが装着されていることにも気付いていた。

 しかし、平成のご時世に、今をときめくJKがそんなレトロ臭漂うダサい芸名を冠しているだとは思えなかったので、何かの間違いだと思っていた。しかし、本人がハッキリと「うさ美の次のライブは…」と言っていたので、裕介は現実を受け入れ、少女にちょっと痛い部分があることを受け入れた。



 次の発見は、うさ美の顔。めちゃくちゃ可愛い。大抵の人間がそうであるように、裕介も初対面の相手で一番最初に見るところは顔だ。しかし、うさ美に対しては、とにかく歌声が衝撃的だったのと、あと少しだけだが巨乳とムチムチボディが目立っていたので、顔についての情報が頭に入ってくるまでに相当の時間を費やした。なんとなく童顔だな、とは思っていたが、それ以上の追究が遅れた。

 しかし、改めて冷静にうさ美の顔のパーツの一つ一つを捉えて分析していくと、文句の付け所のないものだった。

 目は目尻のところで垂れており、ハッキリと分離した二重瞼ふたえまぶたが黒目にのしかかっていて、どこかダルそうで眠そうな印象を与えるが、そもそもの目が大きいので野暮ったさは全くない。

 大きめの口の唇は薄く、日本人の平均的よりも少しだけ高めの鼻との距離が近くもなく遠くもなく絶妙である。

 本来ならば可愛い系というよりは美人系に含まれるであろう顔を一気に幼く見せている輪郭はとにかく丸い。頬骨がどこかで角ばっていることはなく、綺麗に積分せきぶんされている。

 一度も日に焼けたことのなさそうな真っ白な肌は、「うさ美」という芸名の由来なのかもしれない。思春期特有のニキビや肌荒れはなく、ただ思春期特有の瑞々しさとハリだけを備えていて、顕微鏡で観察したいくらいの美しさである。


 うさ美のルックスを考えれば、彼女が玄人ウケを狙った超プログレッシブな音楽を奏でていても、取り巻きが決して絶えることがないことにも頷ける。

 うさ美の才能を理解できない愚鈍な連中のために、無料サービスで耳栓を貸し出してあげれば、おそらく駅前の広場は人で埋め尽くされるのではないか。



 最後の発見は、目を反らしたくなるような現実であった。

 それは、うさ美が今月いっぱいでストリートミュージシャンを引退するというものである。


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