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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第2章ー濫用されるタイムループ
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発掘の7月26日(3)

 少女が歌っている曲は知らない曲だった。なので、裕介には正しいメロディーというものが分からない。

 それでも、彼女が音を外しまくっていることは分かった。素人の裕介が、自分で伴奏しているクセにギターの音が聞こえていないのか、とツッコミたくなるレベルにヒドイ。高音域に入るとさらに音程は不安定になり、断末魔だんまつまのイルカの叫びを連想させた。



 少女を見守る聴衆の輪の回転は早かった。少女を視姦しかんする不貞のやから、といった方が正確かもしれない。まあ、どちらにしろ彼らの入れ替わりは激しかった。虫けらが花の甘い香りに惹きつけられて集まるものの、耳をつんざく不協和音で追い払われる。そうしたら、また別の虫けらが甘い香りに誘われて飛んでくる。この繰り返しだ。


 しかし、裕介は違った。足から根が生えたかのように少女の前に釘付けになっていた。断っておくが、別に巨乳や太ももが好きなわけではない。


 裕介は彼女の歌声に惹かれていた。


 音痴であることには間違いない。

 国営放送ののど自慢企画に出たら放送事故となることも間違いない。

 しかし、歌は上手ければ良いということではない。彼女の歌声には味があった。いや、味がある、という言葉で片付けられるほど陳腐ちんぷなものではない。

 彼女が全身全霊で絞り出す歌声は生命の輝きそのものだった。蛍のようにはかなくとも切なくとも力強い輝き。真の芸術というものは天からではなく、草の根の泥の中から生まれる。

 音階の規律に縛られていないところも良い。どんな破天荒なロックンローラーであってもミュージシャンである以上は逸脱することが困難だった音程という枠をいとも簡単に越えている。

 ゆえに彼女の表現は無限大だ。

 下手クソ、という評価で済ましてしまえばそこまでかもしれないが、人間の根源にある人智じんちを超えた何かに訴えかける歌声を評価しようというこころみ自体がそもそもナンセンスなのである。

 そこにあるのは、生身の少女が放つありのままの音、そしてそれをありのままに受け止める生身の裕介だけである。

 裕介にとって意図せず、おそらく彼女にとっても意図しないタイミングで声が裏返ったとき、おもちゃ箱のような意外性にとんだ表現に裕介は感嘆をあげた。




 裕介の他にもう一人、新陳代謝を繰り返す聴衆の輪の中に留まり続けていた者がいた。


 身長は190cm近くある。顔が小さく、腕や脚はスラリと長い。この特徴だけ捕まえるとどこのスーパーモデルなのかと勘ぐりたくなるが、彼を一目見ればそんな疑念は一瞬で吹き飛ぶ。


 まず、線の細さが異様。筋肉はおろか脂肪すらもまとわぬ腕は、いつ肘の部分で骨が飛び出てもオカシくないように思える。一般には羨まれる高身長も、棒状の四肢と組み合わされば昆虫のナナフシをイメージさせる役割しか果たさない、という残酷な事実に気付かされるだろう。


 次に、服装がダサい。カレーをこぼしたものと思料される二、三のシミを除けば、真っ白なシャツに意匠いしょうはなく、下着かと見紛うほどである。

 ドット柄の半ズボンは、好みの問題はあれ、単体ではそこまでの非難に値しないかもしれない。しかし、なぜか足元はフォーマルな革靴がチョイスされているため、組み合わせが最悪だ。神経を疑う。


 最後に、顔がキモい。ひどく離れた上に、隆起した二重瞼ふたえまぶたと涙袋によって埋没まいぼつしてかろうじて細く残った目はイグアナを連想させる。

 無精髭ぶしょうひげも不潔。ひげを剃れ、とまでは言わないが、せめてついているパンくずは払ってもらいたい。

 ライブ中、口元だけがずっと笑っているのもなんだかキモい。


 つまり、こいつはスーパーモデルと正反対の人種-ヲタクだ。


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