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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第2章ー濫用されるタイムループ
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衝撃の7月26日(4)

愚妹の反応で、あの日のことを完全に思い出した。

 にもかかわらず、愚妹の不要な、しかも要領を得ない解説が始まった。解説は脱線、破綻、奔走、逆走を繰り返しながら20分以上に及んだため、そのまま読者に披露することはしのび難い。代わりに裕介が、裕介の言葉で説明することにしよう。



 それは今から10年前の7月26日。

 愚妹の10歳の誕生日だった。

 この日は日曜日だったこともあり、家族全員、つまり、お袋と親父と愚妹、そして裕介とで鵠沼海岸に海水浴に行くことになっていた。

 家族旅行は愚妹にとっての念願だったが、家族全員での旅行計画は、裕介に物心が付いて以来初めてだった。理由は単純。裕介が拒絶し続けていたからだ。

 裕介には非日常など要らない。気晴らしなどは言語道断。時間の浪費に対してむしろ鬱憤が溜まる。

 しかし、年に一度の特別な記念日という伝家の宝刀を振り回すことによって、愚妹は積年の思いを晴らすに至った。

 裕介の説得に成功したのである。ただだっ広いだけで何もない海で1日を浪費することの苦痛と、愚妹に毎日耳元で「お兄ちゃん、海に行こうよ」と囁かれ、時には叫ばれることの苦痛を天秤に乗せた結果、後者の方が若干重たかったというだけの話ではあるが。


 しかし、楽しみなイベント当日に発熱することは小学生にはよくあることであり、このときの愚妹も例に漏れなかった。

 きっと遠足の日等に誰もが一度は経験したことがあるだろうこの現象は一種の迷信である。もっとも、愚妹の場合は体調を崩した理由は明白だった。前日に徹夜をして延々とてるてる坊主を作っていたからである。



 雲一つない空に陽が昇り、黄色い光が開け放たれた窓を通って愚妹のベッドの上を覆っていた1000体のてるてる坊主を照らしたが、決して彼らはおんの字ではない。そもそもその日は晴れの予報だった。全てのニュース番組が、降水確率ゼロで足並みを揃えていた。まさしく愚妹の骨頂こっちょうである。この場面に本当に似つかわしかったのは千体のてるてる坊主ではなく、間違いなく千羽鶴の方だった。



 リビングで何度も何度も体温計を脇に挟み、水銀が39度よりも下がらない現実と戦っている愚妹を、裕介は無感情で眺めていた。


 「お兄ちゃん、助けて」

 えらい鼻声だったが、泣いていたせいか風邪の症状かは分からない。元々が鼻にかかったアニメ声なので、もしかしたら本来の地声なのかもしれない。

 お好み焼きの上の鰹節のようにふにゃふにゃと弱々しく立ち上がった愚妹は兄に抱きつこうと歩み寄ってきたが、風邪を伝染うつされたくない裕介がスッと身を引いたため、その場にうつ伏せで崩れ落ちた。これだけの運動強度でもすっかり息が上がり、背中はゼーゼーと伸縮を繰り返している。


 「弥生、もう無理だろ。今日は家で寝てろよ」

 「でも、お兄ちゃん……」

 「無理して喋らなくてもいいぞ」

 「でも、そんなの悪いよ……」

 「大丈夫。親父もお袋も弥生がこんな状態だったら仕方ないと思ってるよ」


 裕介に優しい言葉をかけられるという珍事が余程胸に響いたのか、愚妹はむせび泣き始めた。うつ伏せのまま、パジャマの袖を顔に押し当てている。

 しかし、次の裕介の一言で愚妹の涙はサッと引いた。


 「鵠沼海岸には俺と親父とお袋の3人で行ってくるよ」

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