決戦の7月26日(3)
人間だと気付いた途端、裕介の敵意はむしろ増した。
チャラい。とにかくチャラい。
髪型。あんなに全力ダッシュをしているのに、鬣の形はオブジェのように固まったまま一切崩れない。チャラい。
服装。わざと端が破れたかのように加工してあるタンクトップが不潔。ズボンも女性もののホットパンツかと思うくらいに丈が短くて不潔。チャラい。
肌の色。黒い。チャラい。
おそらくホストだろう。こいつがホスト以上の職業に就けるとは考えられない。ホスト通いの狂った女を引っ掛けてヒモにすることしか生計を立てる道はないだろう。
そういえば、先ほどすれ違ったときの臭いは体臭を何種類もの強い香水によって誤魔化した悪臭だった。面倒臭い、とかいう自己中心的な理由でシャワーを何日も浴びていないのだろう。
さらにそういえば、すれ違う際に軽く肩と肩がぶつかったが、謝られた覚えがない。
やはりこいつは裕介の敵だ。というか、社会の敵だ。健全な社会のために殉死すべきである。
チャラ男はどんどん裕介から遠ざかっていく。ロータリーをギリシャ文字のφ(ファイ)を描くように斜めに横切っていく。道路と道路ではない場所を隔てている段差もヒョイヒョイと乗り越えていく。後ろを振り返るどころか、左右を確認している仕草もない。
決して交通量が多いロータリーではないし、停留所目がけてバスが近づいている様子もなかったため、通常はそれでも平気なのかもしれない。しかし、このシチュエーションは簡単に悪魔と化しうる。それは同じような油断をした人物がもう一人ロータリーに侵入した場合である。
ヘルメットに遮られているため、バイクに乗った男の視線の先は確認できなかった。ただ、彼が速度を緩めるどころかアクセルに力を加えた様子から、彼の視界にチャラ男が入っていないことは明白だった。
チャラ男が走るルートとバイクの男が走るルートはロータリー上のある一点で交差している。重力に引き寄せられた二つの惑星の末路は明らかだ。
衝突である。
金属が凹む鈍い音と、胃の中から湧き上がったかのような奇妙な呻き声が聞こえた。
チャラ男の体がふわりと浮き上がる光景を、裕介は茫然と眺めていた。
頭に浮かぶのは、思ったよりも高く飛ぶんだな、といった素朴な感想や、これは多分助からないな、といった淡白な予想だった。これが裕介の引き起こしたことだとすれば、新世界の神でも志すところであるが、そんなおどろおどろしいノートは持っていない。
目の前で起きていることは、裕介に無関係だ。誰よりも近くでは見ているが、遠い。裕介はたまたま交通事故の現場を目撃してしまっただけなのである。
だから、まさかチャラ男の体が地面に叩きつけられ、バウンドが最高到達点に届くのと、裕介の234回目の7月26日が終了するのがピッタリ同時だとは思わなかった。




