決戦の7月26日(2)
裕介が分かっているのは、5W1Hのうちの僅か1つでしかない。WHEN、つまり、それがいつ起きるかである。
ロータリーに設置された時計台は時間を正しく刻んでいるはずだ。この時計が寸分でも狂えば、バスの利用者から絶対に苦情が来る。バスの主な利用者は老人である。彼らはクレーマーである一方で選挙には必ず足を運ぶため、市の財政に対してもっとも決定権を握っている。ゆえに彼らの庇護を受けている時計に不具合が起こることはないのだ。その時計によれば、何かが起きるまではあと40分余りである。
暗中模索ではあるが、不幸中の幸いは、タイムループ機能のおかげで時間だけは無限にあることだ。今回見つからなくても、次回また探せばいい。何度も何度も阿佐ヶ谷に来ていればきっと何かに遭遇するはずだ。とりあえずローラー作戦を展開しようか。第一回目の今回は駅前を見張る。相対的には人が多いはずだから、何かが起こる可能性は相対的には高いはず。
裕介は40分を文字通り何もせずに過ごした。携帯を触ることもなければ、行き交う人を目で追うこともしない。強いてしたことといえば、重力に逆らって地面に立っていたことくらいだろう。無駄が究極的に削られたスマートな裕介の人生には未だかつて暇な時間というものがなかったので、暇な時間の過ごし方が分からなかったのである。
こんな待ち伏せがあと何回続くのだろうか。気が滅入る。もしもWHERE、どこで起きるかの見立てが外れ、阿佐ヶ谷で何も起きなかったとすれば、と考えるとさらに気が滅入る。
しかし、長丁場への覚悟は肩透かしに終わった。
背後に気配を感じた裕介は振り返るより先に、反射的にサイドステップを踏んだ。気配を感じたというよりは、荒い息遣いに耳が反応したのかもしれない。
裕介が躱したコース上を疾風が駆けた。金色の残像と今まで嗅いだ事のないような臭いを残して。
ーライオン?
金色に輝いているのは鬣だった。四方八方に散った毛束は先端でさらに散り、まるでいばらのようだ。
ーこいつが敵か。
百獣の王の戦闘力はあなどれない。身体能力は人間と段違いだろう。俊敏な動きでいきなり襲いかかられたらひとたまりもない。飛びかかってきたところをかろうじて避けたとしても、誘導弾のように空中でコースを変えられるほどの驚異の身体能力がこの種族にはある。
ただ、相手が動物で良かった。動物だったら、少なくとも内臓を潰す等すれば殺せる。裕介が想定していた霊的なやつだったら、殺しても殺せない可能性すらある。それと比べれば、幾ばくかの希望はある。
しかし、ライオンは振り返ることなくただ走り続けた。裕介との距離はどんどん離れて行く。足の長さの2倍くらいあるトンガリ靴では走りにくくないのか。
ーん?靴?
裕介はここでようやく気付いた。
靴を履いたネコ科の動物は、長靴を履いたネコのみである。
こいつはライオンではない。
ライオンみたいなチャラい髪型をした人間だ。




