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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第1章ー無理強いするタイムループ
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決戦の7月26日(1)

 駅のホーム時空の歪み説は完全に否定された。巻き戻しの発動条件は「場所」ではない。どこで何をしていようが、19時32分になれば巻き戻しは起こる。

−そうか。19時32分という時間が巻き戻しの引き金になっているに違いない。正確にいうと、19時32分30秒くらい。この時間に何か特別な意味があるのである。


 もっとも、その何かが裕介には分からない。これが4時44分ならばおはらいにでも行けば良いのだろうが、19時32分に何かいわくはあるのか。何もひらめかない。誰かヒントをくれないだろうか。答えを導くために必要なヒントを。

 ……ヒント?ヒントならあるじゃないか。


 阿佐ヶ谷だ。


 このタイムループを仕組んだ黒幕がいるとすれば、そいつは間違いなく裕介を阿佐ヶ谷に導こうとしている。執拗なまでに阿佐ヶ谷を裕介にプッシュしてきている。大和や課長はその黒幕に後ろから糸で操られているに違いない。


 とはいえ、大和と一緒にビアガーデンで飲む気にも、課長とポルノ映画を見る気にも、叔父さんとJKリフレ嬢のプレゼントを見立てる気にも、Gカップのかすみちゃんとデートをする気にもならなかった。

 だから裕介は、終業後、大和が乗った電車の一本後の電車で、単独で阿佐ヶ谷に向かった。




 阿佐ヶ谷の駅に降り立つのは初めてであったが、改札の向こうに見える阿佐ヶ谷の景色は、良い意味でも悪い意味でも裕介の想像通りだった。「ああ、阿佐ヶ谷だな」以上の感想を抱かせなかった。それほどせいせいするくらいに阿佐ヶ谷だった。おそらく読者の皆様が想像する「阿佐ヶ谷」とも完全に一致していると思う。情景描写がないことは申し訳ないが、筆者が生涯行ったことない場所を取材もせずに記述しようとした結果だと観念していただきたい。



 よほど創意工夫に満ちたものを除けば、タイムループものSFにおいて、主人公がタイムループを止める方法は2通りに大別できる。


 1つ目。黒幕を救うパターン。

 このパターンでは、無念にも命を落としたり、願いごとを叶えることに失敗したりした誰かがタイムループの黒幕になる。時間が遡らせることができるのならば、自らの行動によって再起を図れば良いようにも思うが、図々しいことに主人公の助けを待つのがこのタイプの黒幕の特徴である。黒幕は主人公が救ってくれるまで幾度となく時間を巻き戻す。要するに、とんだ困ったちゃんである。


 裕介はロータリーを見渡した。誰が裕介に助けを求めているのかは一見するだけではよく分からない。というか、そもそもほとんど人がいない。

 裕介は空を見上げた。雲一つない空に輝くのは沈みかけの夕陽だけで、隕石や彗星が落ちてくるような気配はない。良かった。少なくともアル◯ゲドン級の救出劇までは期待されていない。



 2つ目。黒幕を倒すパターン。

 このパターンでは、タイムループの黒幕は妖怪だったり妖精だったりすることが多い。黒幕はタイムループの魔術によって人間を幻惑させる。タイムループを止めるためには黒幕であるスーパーナチュラルな存在を探し、倒すしかない。このタイプのタイムループでは時間が巻き戻ることそのものには大した意味はない。化け物は暇つぶしのイタズラとしてタイムループを仕組んでいる。要するに、とんだ困ったちゃんである。


 裕介は再び人気ひとけのないロータリーに目を遣る。

 この街のどこかにそんな化け物が潜んでいるのだろうか。たしかに閑散とした街は妖怪と親和性があるといえる。駅前はまだ拓けているが、少し離れたところには狭い路地が何本も伸びており、先の方までは見渡せないものの、確実に裕介が今いる場所よりは「出そう」である。

 仮に「出た」として、どうやって退治しようか。日頃筋トレや運動をしていないもやしっ子の裕介は、一般の成人男性の戦闘力を大幅に下回っている。そもそも敵に物理力が通用するかどうかも怪しい。かといって、唱えるべき秘密の呪文も分からない。裕介は一度は身構えたものの、冷静になり、肩の力を抜いた。


 先ほどから改札口に立ち止まってあれこれと思慮しているが、何かが起こるのは駅前とは限らない。阿佐ヶ谷はだだっ広いのだ。


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