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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第1章ー無理強いするタイムループ
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はじまりの7月26日(1)

 ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……

 規則正しいリズムの電子音が正方形の部屋に鋭く響く。

 6度目のピの音を合図に各務裕介かがみゆうすけまぶたを開けると、7度目のピとともに弾みをつけて硬いマットレスから上体を起こした。9度目のピで右に体をひねり、10度目のピで左に体をひねり、11度目のピで天井に向かって伸びる。12度目のピ、13度目のピは深呼吸に費やし、14度目のピで目覚まし時計のボタンを叩く。


 7月26日水曜日の裕介の朝はこのようにして始まったが、実はその前の日も、そのまた前の日も裕介の朝はこのようにして始まっている。14度目のピで目覚まし時計を止めるまでの一連の流れは裕介にとってルーティーンなのである。

 裕介はルーティーンを非常に重視する。いな、非常というよりは異常。ルーティーンが少しでも狂うことを裕介は何よりも嫌う。



 朝のルーティーンはシャワールームへと舞台を移しても続いていく。身体の部位にシャワーを当てる順番ももちろん決まっている。左手の指先から腕の付け根、身体の左側面を抜けて太もも、ふくらはぎ…という塩梅あんばいである。


 しかし、今日に限って、左手の指先から腕に行く途中のひじのあたりでシャワーを持つ手がピタリと止まった。背後の操作パネルの温度を確認する。

 41度。

 鳥肌が立った。どういうことだ。朝のシャワーの温度は43度と決まっている。これでは寒いじゃないか。裕介は操作パネルの上向きの矢印を力強く2回連打した。



 リビングから漏れ出るモスキート音のように甲高い声が、悪い予感が当たっていることを如実にょじつに示していた。リビングの扉の先には裕介がもっとも嫌う生物クリーチャーが生息しているようだ。

 「お兄ちゃん、おはよう」

 モスキート音は、悲しいことに今年で26歳になる裕介の耳にもかろうじて届いた。巷ではこのような不快音を「アニメ声」と評してもてはやす信じられない種族もいるらしい。


 裕介は声の主に一瞥いちべつもくれないまま、テーブルの上のリモコンに手を伸ばした。薄型テレビの画面が、常夏の砂浜から冷房のガンガン効いた室内へと場面を変えた。

 「ちょっと、お兄ちゃん、なんでチャンネル回しちゃうの!?今いいところなのに!!宮本佐々木ペアがセットポイントだったんだよ!!」

 宮本佐々木ペアとは男子ビーチバレーボールの日本代表である。どこかの無人島で決闘を始めてしまいそうな名字の二人だが、阿吽あうんの呼吸で息の合ったプレーをすると玄人くろうとから絶賛されている。そして、素人女子からは、宮本のサーブを打つ時の鷹のような鋭い目がカッコイイだとか、佐々木のブロックが成功した時のハイエナのようなしたり顔がカッコイイだとか騒がれている。つまり、ビーチバレーボールというニッチなスポーツにスポットライトを当てた今話題のイケメンコンビなのだ。

 とはいえ、愚妹ぐまいが朝5時に早起きして試合中継を見るほどのミーハーだったとはつゆ思わなかった。


 「ねえねえ!早くチャンネル戻してよ!!グランドライン進出がかかった大切な試合なんだよ!?」

 それを言うならグランドスラムだろ……海賊王でも目指してるのか?というツッコミを頭に浮かべつつ、裕介は淡々と株価を告げる女性アナウンサーの声に集中した。この国営放送でNY株価市場の動きを確認することが裕介の朝のルーティーンには組み込まれている。愚妹に邪魔されるわけにはいかない。


 「宮本の二刀流トスを見逃したらどうするの!?」

 正直、それは少し興味がある。映像が全く頭に浮かばないから。


 「ちょっと無視しないでよ!!ねえ、聞いてるの!?ねえ!!」

 ヒートアップするにつれて愚妹の声が更に甲高くなっていき、針となって裕介の後頭部を突き刺した。痛みに屈しそうになるのをこらえつつ、裕介はコーヒーを淹れるというルーティーンのために電気ケトルを持って流しに向かった。

 「お兄ちゃん、もちろん私の分のコーヒーも淹れてくれるんだよね?」

 裕介は電気ケトルの水がカップ一杯分まで入ったところで蛇口をひねり水を止めた。


 「ねえねえ、無視しないでよ!!人権侵害で児童相談所に訴えるよ!!」

 児童相談所ってなんだよ。お前もう20歳だろ、というツッコミを喉元でこらえつつ、裕介はハンガーのYシャツに手をかけた。



 「弥生やよいは危なっかしいから、裕介が面倒を見てやってくれ」という両親の頼みで嫌々ながらも家の合鍵を渡しているものの、なるべく来るな、用事があっても来るな、緊急時であっても来るな、路頭に迷っても来るな、と口うるさく伝えているはずだ。にもかかわらず、なぜ今日はここにいる?しかも、なぜこんな早朝からビーチバレーの応援に精を出している?


 聞きたいことは山ほどあったのだが、家を出る時間になってしまった。

 裕介は結局一言も発しないまま熱いブラックコーヒーを一口で飲み干し、愚妹の奇声を浴びながら家をあとにした。


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