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第二章 45  ジンチョウゲの香り

 その夜、バイトがなくなった僕は、しばらく街をブラブラしてからある場所へと足を向けた。なぜだろうか、それは当然そうするすべき事と言わんばかりに、僕は何も考えずにその場所へ向かっていたのだ。そして、そのような光景を見るかもしれないという既定の想像と、当然そうなのだろうという先入見を伴った断定と、そうだった場合にするべき未解決の結論がグルグルと心の中に渦巻いていた。

 その場所へ近づくと,とてもいい香りが僕の鼻孔をそっと撫でた。あの日ヴァンパイアのレベルさんと話した日、その蕾を見ただけでは判断できなかったが、この香りはおそらくジンチョウゲの花の香りであろう。クチナシ、キンモクセイと並び三大香木と言われるだけあり、僕でもその存在は知っていた。

 そして、その香しい香りの月光の下、二つの影がひっそりと寄り添っていた。


 ひとつの影はレベルさんで、もうひとつは、やはりシャロンさんだった。いつしか僕の中でシャロンさんの彼氏は誰か?なんて疑問に何人かの気になる人物を想像していたのだが、さすがにレベルさんだとは思いつけなかった。

 だが、暗闇の中で寄り添う2人はとても自然でこの光景を見てしまうと、それはそうだよな、なんてよく分からない納得感がスッと僕の中に入って来てしまうのだった。シャロンさんの彼氏があの「みずいろ庵」で無双っぷりを見せたテンガロンハットの人でも、ましてや「放浪」ってキーワードだけで想像してしまった荒野のおっさんだなんてとんでもない勘違いだった。


 「マリウスが君に会うなんて正直意外だったよ。」


 「ふふ、バイトの男の子がマリウスさんの知り合いだったの。それで偶然連れて来た……。それだけよ。マリウスさんが自分の意思で来てくれた訳じゃないわ。」


 「ふうん。そういえば最近君の話には時々そのバイトの子の事が出てくるね。どんな子なの?」


 「ん?やだ、気になるぅ?そうね、とてもいい子よ、可愛らしくて。それでいてどこか寂しい感じがして母性本能をくすぐられる、みたいなね。」


 「ほう。それはそれは。」


 「あっ、完全に少しやきもち焼いたでしょ?」


 「まぁ、多少はね。悔しいからその子、噛み殺しちゃおうかな。」


 おいおい、冗談でも止めて欲しい、そういうの。レベルさんは僕がシャロンさんの店のバイトである事には気が付いていないようだ。


 「彼はなんでも『始まりの街』に魔族が攻めて来た時に、それを撃退したパーティーの1人らしいわよ。あなたでも敵わないかもしれないわよぉ~。」


 「えっ?ちょっと……、それって……。はははは、そうなんだ。ははは。」


 レベルさんはシャロンさんの言葉に笑い出した。どうやら気が付いたらしい。シャロンさんはそんなレベルさんの様子を見て小首をかしげる。


 「いや、ごめん、ごめん。実は僕もソメヤ君を知っているんだ。そうそう、ここでも会った事もあるよ。」


 その話を聞いて今度は彼らは2人で笑い出した。どうも自分を笑われているようで調子が狂う。それにしても2人を包んでいる空気感というのだろうか、それはとても穏やかでゆったりとしていた。よく考えるとこの2人はとても似ている気がした。どこか掴みどころがなくて、懐が広いと言うか。それでいて変な嫌味がない。それは一緒にいて「心地よい」という言葉に集約出来そうだ。そんな2人だからこそこんな何気ない会話を聞くだけでそれが伝わってくるのだろう。

 

 「シャロン、そろそろ……、僕も覚悟をしよかと思ってさ……。」


 徐にレベルさんはシャロンさんに言った。その言葉に続けて「いつまでも逃げ回っている訳にはいかない。けじめをつけるよ」と言ってシャロンさんを抱き寄せた。


 「きっと、殺されてしまうわ……。」


 シャロンさんは僕が聞いた事のない声で呟いた。2人はそのまましばらく何も語らなかったが、どちらともなく立ち上がって寄り添いながら闇の中に消えて行った。さすがに、これ以上の無粋をするほど野暮ではないので、僕はじっと2人が去るのを待った。そして、その姿が完全に消えるのを確認してから、2人が寄り添っていた場所まで進む。そこには手毬状の白い花がいくつも咲いていた。白い花びらの裏側は薄いピンク色をしていてとても上品に映る。ジンチョウゲの花は満開だった。彼らが残した気持ちのいい空気に漂うその花の香りを僕はきっと一生忘れないだろうと思った。

 それはそうだろう、だってジンチョウゲの花言葉は「永遠」なのだから。

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