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第二章 44  普通の人間じゃないのよ。

 「マリウスさん、マリウスさん!」


 前を歩くデモン・マリウスを呼び止める。マリウスさんは先ほど何事もなかったかのように、無表情でゆっくりと振り返った。


 「……、ああ、お前か……。」


 さして面白くもなさそうにボソッと言った。


 「マリウスさん。僕、あなたを探していたんですよ。ちょっとお話できませんか?」


 「こう見えても俺は結構忙しいんだぜ。……、そういえばお前の名前聞いていなかったな。」


 僕は名乗ってなかったことに焦って、慌てて自分の素性を明かした。するとマリウスさんは「お前がソメヤか…。」とこの街で何度か聞いたような事を言った、自分が思うより僕は有名人になっているようだった。但し完全に悪名よりだが。マリウスさんは忙しいと言っていたはずだが、僕の名前を聞くと興味を持ってくれたらしく「どこで話す?」と乗ってくれた。


 「僕、今日は休みなんですが、僕のバイト先にしましょう。オシャレなカフェレストランですから、ゆっくり話せますよ。」


 僕は頷くマリウスさんを誘って「みずいろ庵」へと向かった。向かう途中にも僕は本題であるヴァンパイアについての知識を彼から学んだ。それはヴァンパイアのレベルさんから聞いていた事とほぼ同様だったが、いくつかの情報は、どう考えても人類が太刀打ちできる存在ではないんじゃないかと身震いするような内容だった。


 「少なくともまともな方法でヴァンパイアの相手はしない事だ。しかも間違ってもこの街にいるヴァンパイアの王『ヴラド・ドラグール』には手を出さない事だな。」


 「手を出さない事」か……。手の出し方を教わりに来た人間には厳しい言葉だった。だがプロが言うのだからこれは真摯に受け止めるべきだろうか。


程なく「みずいろ庵」に到着する頃になってマリウスさんは足を止めた。彼には珍しくその表情には薄く動揺ともとれる感情が読み取れた。

 

 「マリウスさん?どうかしました?」


 「……お前のバイト先ってもしかして『みずいろ庵』か?」


 「ご存知だったんですか?あっ、もしかしてマリウスさんもシャロンさんのファンとか?」


 と言う感じでもなかった。マリウスさんは一言参ったなと言ってしばし考えこんでしまった。僕はあまり深入りするのもと思い、場所を変えましょうかと彼に提案した。


 「ソメヤ君……。」


 ふいに声をかけてきたのはシャロンさんだった。胸に食品をいくつか抱えていた。どうやら買い出しに出ていたらしい。マリウスさんはその声を聴いて「ふっ」と小さく息を吐いてから振り返った。シャロンさんとマリウスさんは目を合わせてしばし見つめあっていた。ただならぬ雰囲気に僕は完全に蚊帳の外であり、なかなか寂しい思いをした。沈黙に耐えかねて僕はシャロンさんに、マリウスさんにヴァンパイアについての情報を教えてもらうのだと説明した。マリウスさんはバツの悪そうな顔をして、シャロンさんは薄く微笑んだ。


 「お店でって事ね。思いがけない人に会えたのだから、今日は臨時休業しましょうか。ソメヤ君もその方がゆっくりお話しできるでしょ。」


 「あっ、いや俺は……。」


 マリウスさんの言葉を待たずに、シャロンさんは店の方へ歩いて行ってしまった。何ともよく分からない展開に僕も戸惑ってしまったが、僕はマリウスさんをお店の方へ促した。マリウスさんはもう一度大きく息を吐いてから夕暮れの空を見上げて観念したように僕に続いた。


 店に入ってからも、ぎこちない空気が流れ、マリウスさんの言葉もいつも以上に少ない。仕方なく気を使いマリウスさんが僕に興味を持ってもらった理由であろう、始まりの街での事柄を説明した。マリウスさんは特にブラッシェド・バンブーの忌避の「アンジェ」、そしてソロモン12騎士の一人であるラウム・ズキンガラの名前に強く反応した。


 「そいつらはなかなかの有名人だな。相当腕も立つと聞いている。それを退けるとは大したヤツだなお前は。今この街にもブラッシェド・バンブーの『|利欲 <りよく>のグリーズ』という男が滞在しているらしいが、お前さんは身辺に気を付けた方がいいかもな。」


 「実はもう、結構ズブズブにブラッシェド・バンブー関連の問題に首を突っ込んでしまっていまして……。」


 ゲルフ・バンブーの内紛問題についても僕は彼に語った。マリウスさんはそれを聞いて初めは半ばあきれ顔ではあったが、孤児院焼失の話を聞くと憤慨してよくやったと褒めてくれた。


 「そういえば、マリウスさんは先ほど何を揉めていたんですか?ナルコス・ヴァーデンバーグと……。」


 「奴を知っているのか?」


 「少なからず因縁がありまして。正直ブラッシェド・バンブー級に僕はあいつを警戒しているトコロです。」


 マリウスさんは紅茶を一口飲んでから、ゆっくりと話し始めた。


 「あの男はヴァンパイアナイトという管理フィールド外でしか取れない鉱石を、かなりの規模の冒険者の集まりを派遣して採掘しているんだ。」


 それについても冒険者達とライカンスロープの戦闘に出くわしている事も告げた。改めてマリウスさんは呆れていた。


 「あの石をあの男がどうしようとしているのかは分からんが、少なくともすでにライカンスロープ達が冒険者達の侵入に対して、それを防ぐよう動き出している。あれはこの街のバランスを崩す危険な鉱石だ。さんざん奴には忠告したのだがな、いずれヤツ自身を滅ぼす事になるだろうよ。」


 「マリウスさんは、これからどうすんですか?あいつ相当ヤバい目つきであなたの後ろ姿を見つめていましたよ。なんでも、あいつはあの会社の経営にも携わっているんでしょう?」


 「余計な世話をやく奴だな……。まぁ、そうだな、確かにそろそろ潮時かもしれんな。新しいスポンサーを見つけるか……。」


  マリウスさん達ヴァンパイアハンターは、企業や街などから依頼を受けて活動をしているのだそうだ。マリウスさんの現在の雇い主はナコルスの所属する『タモンカンパニー』であり、彼らはヴァンパイアのフィールドを新たな活動地として利用出来ないかとマリウスさん達に調査を依頼していたのだそうだ。


 「マリウスさん……。」


 徐に声をかけてきたのはキッチンで仕事をしていたシャロンさんだった。落ち着き払ったいつもシャロンさんとはやはりどこかが違う。


 「一つだけ答えて。あなたはお父様の命令で動いているの?」


 マリウスさんはその言葉に苦笑いを浮かべたように見えた。


 「あなたのお父さんには感謝しています。だが、あくまでも俺は俺の意思で動いているんですよ。これはあくまでも俺とあいつの問題なんです。」


  マリウスさんはそう言って立ち上がると、僕とシャロンさんにまた来ますと言って店を後にした。シャロンさんはとても悲しそうに彼の事を無言で見送った。僕はそんな彼女の姿を見て何も聞く事が出来なかった。あまりにもプライベートな内容なだけに詮索するのもはばかられた。

 ただ、そんな2人のやり取りの中でいくつか気になる事が生まれてしまった。マリウスさんが最後に言った「俺とあいつの問題」、マリウスさんが追っていたのが誰なのかを考えると……。そして、さらに以前シャロンさんとの会話の1フレーズが頭の中に浮かんでしまった。


 「ね。普通の人間じゃないのよ。あの人。」


 冗談だと捉えていたあの言葉………。まさかね。

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