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第二章 40  シャロンは笑っているか

 「とりあえず行ってみよう。但し今回は絶対に介入しない事。あくまでも情報収集に徹するからね。」


 僕は自分にも言い聞かすように口早に言った。

 フクスケの誘導で戦場となっていると思われる場所へ急いだが、あまりにも足場が悪くなかなか思うように進むことが出来なかった。それでも次第に僕達人間の耳でもその激しい戦闘の様子を捉える距離まで接近をした。するとフクスケがここからは僕と2人で行くと言い出したのだった。


 「僕の聴覚、嗅覚が彼らの様子を捉えています。彼らと言うのはライカンスロープです。狼の嗅覚、聴覚は僕と同等の性能だと考えられます。」


 「つまり、向こうにもコチラの存在が知られると?」


 僕の言葉にフクスケが頷く。少数で行く事で仮に気が付かれ、襲われるような事態になっても僕のグレート・エスケープで逃れやすい体制で行くべきだと言うのだ。確かにフクスケの言う通りだろう。しかし、果たして……、僕はすぐに懸念した。


 「嫌です!私は絶対に行きます!絶対ですぅ!」


 ほらな……。予想通りの駄々をこねたのは、当然セイラさんだった。こうなったらもう誰にも止められないのはパーティー共通の自明の理であった。本当は行きたくてたまらないハズのツボミさんが黙って我慢していたほどだ。時間も惜しいので僕は妥協してセイラさんを連れて行く事にした。但し。


 「いい、セイラさん。もし、僕の許可なく勝手な行動をしたら、その時点でグレート・エスケープで離脱するからね。」


 と、かなりキツく言いつけて許可をしたのだった。セイラさんは子供のように、目を輝かせて「はいっ!」と返事をした。それが逆に僕の不安を増大させたのはいつもの通りだ。


 僕とフクスケ、そしてセイラさんは残りのメンバーを残して、さらに険しい岩場を進んだ。さすがに目的がはっきりしているセイラさんはキビキビと動き、岩場をスルスルと抜けて行った。正直、この子こんなに運動神経良かったっけ?と思ったが、欲望に忠実な人間の特殊能力と言ったトコロだろうと1人で納得した。

 しばらく進むと怒声や金属音が入り混じった騒々しさに加え、明らかな「血の匂い」、いや「死の臭い」と言ったほうが的確な醜悪な臭いがはっきりと認識できた。

 僕らは慎重に岩の影からその戦場となっている場所をのぞき込んだ。そこには以前セイラさんと見かけた、恐らくタモンカンパニーの関係者と思われる冒険者の十数名、そして予想の通り全身を鋼のような灰色の体毛で覆われたライカンスロープである狼男達の4匹が命のやり取りをしていた。彼らの足元には数名の冒険者が横たわり重症を負っているいるようだった。いずれも夥しい出血のあとが見て取れた。

 どう贔屓目に見てもライカンスロープ達の優勢に見えた。彼らの身体的能力は凄まじく、冒険者達は防戦が精一杯だ。このままでは全滅してしまうだろう事は、戦闘の素人の僕でも分かるほど、圧倒的だった。

 その時、よく響き渡る声が戦場にこだました。それは僕らの隠れていた巨大な岩の上に立つ人物から発せられたものだった。


 「双方そのくらいにしておいたら?まじで死人が出るぜぇ。」


 その声には聞き覚えがあった。僕は慎重に上方のその人物を伺う。と、その人物は僕を見つけて軽くウインクした。例の荒野のおっさんであった。


 それを聞いてライカンスロープ達は明らかに戦闘の意欲を弱めたように見えた。冒険者達はザワザワとしつつ、そんなライカンスロープ達の動向を見て負傷者を回収しつつ、退却の体制を整え始めた。これを見てよく訓練されたプロの集団である事が伺えた。そんな状況を見てはじめて気が付いたのだが、冒険者達はタモンカンパニーの人達に間違いなさそうではあったが、その中にナルコス・ヴァーデンバーグの姿はなかった。


 「この土地は我々が住まう聖地だ。今後ももしお前たちが『念動石』を求め、我らの大地を汚すならば、今度は確実にお前たちの命を持って償ってもらおう。」


 不意に一匹のライカンスロープが凍てつくほどの低温の声で冒険者達を威嚇した。冒険者達はそれには答えずに、すばやい身のこなしで走竜達を操り戦場を離脱した。

 ライカンスロープ達は一度、おっさんの方を振り仰いだが、やはり何も語らずに去って行った。

 安全が確保されるまで、しばらく隠れていた僕達だが、周囲が静まり返ると岩陰から出て頭上のおっさんに声をかけた。


 「こ、こんにちは。」


 おっさんは岩に胡坐をかいて戦場の辺りを尚も眺めていた。僕達に気が付くと頭をかきながら、


 「あ~あ、あんなに穴ぼこだらけにしちまいやがって。そりゃライカン共も怒るよな。どう思うよ、お前も自分ちの庭を勝手に掘られたら怒るよなぁ。」


 そう言って、最後に大きなあくびをした。


 「それってあの冒険者達が開けたんですか?」


 「ああ、『念動石』……、世間じゃ『ヴァンパイアナイト』って呼んでるが、それを採掘してんだよあいつらは。」


 やはり考えていた通りだった。おっさんの話では、今まで見向きもされなかったこのフィールドで最近『タモンカンパニー』が冒険者達が採掘作業を始めた事で、深部にいたライカンスロープのような高位のモンスター達が冒険者狩りを始めたのだと言う。


 「その『ヴァンパイアナイト』って、どういう意味合いの鉱石なんですか?それほど価値のある石なんですか?」


 「お前は本当に質問が好きなヤツだなぁ………。」


 おっさんは面倒くさそうに立ち上がり、再びあくびをしながら巨岩をすべり落ちて来た。すると僕の傍らのセイラさんを見据えて、


 「あれ?この間の女の子と違うじゃんか。浮気か少年?」


 「パ、パーティーの仲間ですよ。この間の子も、この子も。」


 「ふ~~~ん。」


 おっさんは胡乱げな眼差しで僕を見て言った。なんとも大人げないおっさんだ。


 「で、なんだっけ?ああ、『ヴァンパイアナイト』についてか。

 正直見た目はただの岩石だけどな。観賞価値はゼロだな。今まで見向きもされなかったただの石だ。但しそれは人間にとってな。『ヴァンパイアナイト』はある一部のモンスターの類にとっては栄養剤みたいな役割をしている。ここのモンスター達は、岩石から放出されるモンスターのみに作用する特殊な放射線によってパワーを得ているんだ。」


 「もしかしてここにヴァンパイアがいる理由って……、その…。」


 「そうだな、そういう理由だろうな。そしてさっきのライカンスロープ達もな。」

 

 おっさんの言葉を信じるなら、ひとつ疑問が残った。一部のモンスターにとっては価値がある鉱石を、なぜ人間であるナルコス達が求めていたのか、だ。それをおっさんに聞いてみたが、その答えは「さぁな?それは知らん。」だった。


 「おーい、タカキ君ー!」


 後方からツボミさん、シノハラさん、ナガイ君が岩場を必死に急いで来た。おっさんの声に気が付き心配になり合流する事にしたらしい。

 僕は状況を説明しておっさんにみんなを紹介した。


 「シノハラさんは会っていると思いますが、これが僕のパーティーのメンバーです。で、こっちのおっ…、方は……。」


 と、おっさんを紹介しようとしたのだが……。


 「そういえば、あなたは一体誰ですか?」


 「おいおい、なんだよ失礼なヤツだな…って、そういや名前も言ってなかったな。」


 おっさんは、またあくびをして言った。どう見てもうだつの上がらないただのおっさんだ。そう考えるとまた疑問が沸々と沸き上がる。


 「あと、なぜ、あなたの一声で戦闘が止まったんですか?」


 「そりゃ、俺がめちゃくちゃ強いからだな。俺の発するオーラにあいつらが怯んだんじゃね?」


 しょうもない回答をスルーして、さらにさらに気になっていた事をここぞとばかりに畳みかけた。


 「あと、シャロンさんはあなたを知っているようでしたが、あなたは本当に一体何者なんですか?」


 「ったく、本当に質問だらけだなお前さんは。しかし、シャロンの知り合いとはな、驚いたぜ。で、シャロンは俺の事何か言ってなかったのか?」


 「今はまだみたいな感じで教えてくれませんでした。」


 「ふーん。じゃ、俺もまだ教えないほうがいいんだろうな。」


 そう言っておっさんは何も答えずに去ろうとした。ただ、最後に、


 「質問好きのお前に逆に質問だ。シャロンは毎日笑っているか?」


 その表情は非常に穏やかで慈しみに満ちているように感じた。やはり、この人がシャロンさんの恋人なのだろうか?僕はシャロンさんの笑顔を思い出して、


 「毎日、とてもよく笑いますよ。とても楽しそうです。」


 おっさんは、そいつはよかった、と笑顔を浮かべて去って行った。

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