第二章 36 炎からの救出
「それで今、ツボミちゃんが病院と孤児院の方へ行ってしまったのです。一人は危険だと止めたんだけれど。」
僕はカオスポケッツからマジックミラーを取り出し装着した。建物の向こう側を透視し、小石を見つけてはエレガントチェンジを繰り返して自分たちの位置と入れ替え、速やかにガイガーさんの病院へと向かうためだ。僕の目には全裸のセイラさんをお姫様抱っこしてすぐに移動を開始した。急に僕に抱えられセイラさんは「きゃっ」と小声を出したが、すぐに高速の移動が始まると目を硬く閉じて静かになった。市場から病院までは本来ならば徒歩で30分以上かかる距離だったが、建物をすり抜け直線でしかも高速で移動した事で5分とかからずに僕とセイラさんは病院の前へと来ることが出来た。
だが!
すでに少し前から透視していた僕には気が付いていた事ではあったが、その場へ現れた瞬間肌をジリジリと炙られ、視界はオレンジ色に染まった。
孤児院は踊る悪魔の様な姿をしたオレンジと陰影の黒に彩られた、灼熱の炎に蹂躙されていた。周りには立ち尽くすガイガー医師と、何人かの子供たちがいた。その傍らにやはり呆然としているツボミさんの姿もあった。
「タカキ君!子供が一人いないのだ!」
ツボミさんは僕の姿を見て泣きそうな顔で叫んだ。僕はすぐにオレンジ色が揺れ動く壁を透視する。部屋をいくつかすり抜け建物が切れる。そこには中庭があり小さな噴水があった。真ん中に設置された小便小僧はすでに煤で真っ黒だ。その下には薄く水が溜まっておりその中に倒れた少年の姿を見つけた。僕は少年と手の中の1ゴールドコインをエレガント・チェンジした。僕の腕の中に全身ずぶ濡れの少年の重みがスジリとのしかかる。ずぶ濡れだ言うのに少年の体温は異常に高い。
「カミル!」
ガイガーさんが駆け寄って少年の様態を見る。よく見れば、それはタナカさんが退院する際に、タナカさんがサッカーを教えてあげるという話をしていた少年だった。
「気道熱傷を起こしている。すぐに治療を始めなければ……。」
そう言って病院の方をふり返る、だが病院方にも火の手が上がりすでに中に入る事すら難しい状態だった。ガイガーさんはどうすればいいのか分からないという表情で固まってしまった。
「ガイガーさん、気道熱傷という事は軌道の火傷ですよね。つまり外傷ですよね。病気以外なら治癒魔法が効きます。すぐにシノハラさんを連れてきます!」
「いや、だが恐らく気道内の組織は一部は壊死しているだろう、その部分は切除手術が必要だ……」
ガイガーさんは力なく言った。僕はツボミさんにシノハラさんをすぐに連れてきてもらうよう告げ、ガイガーさんに壊死した組織の特徴を聞いた。そしてわずかばかり燃え盛る病院から運び出された荷物の中に、手術などで用いられる輸液である生理食塩水を発見した。それを持って瀕死の少年の前に座り彼の胸元を透視する。皮膚の火傷などはほとんどないにも関わらず、灼熱の熱気、煙を吸ったせいで、ガイガーさんの言う通り少年の気道はひどく炎症を起こしていた。
僕は生理的食塩水の水滴と彼の壊死してしまった組織をエレガント・チェンジによって入替を始めた。果たして人の生き死にを決めるかもしれないこんな作業を思い付きで始めてしまってよかったのだろうか。そんな思いのまま僕は心の中で震えながら作業を続けた。十数分の後シノハラさんが来てくれた。彼女の後ろにはナガイ君とタナカさんがいて、孤児院と病院の現状にやはり愕然としていた。
「よし!壊死した細胞は全部取り除いたよ!シノハラさん治癒魔法よろしく!」
僕が促すとシノハラさんは慌てて少年の胸元に手を添えて、魔法の詠唱を始めた。
「カミル君!カミル君!なんで君が、こんな!」
タナカさんは少年を見るとすぐに駆け寄り少年を見つめた。少年の足元には煤けた黒い球体が転がっていた。救出時に少年が抱えていたものだ。それを見たタナカさんは少年がタナカさんからもらったボールを持ちに行き逃げ遅れたのではないかと考えたようだった。僕もそう思った。
シノハラさんの魔法により少年の表情に見る見る生気が戻って行くのが分かった。ガイガーさんは再び少年の様態を見て「もう大丈夫、命の危険はない!」と言って僕達に深々と頭を下げ感謝の意を表した。
今回の出来事は僕達にひどく重苦しい影を残した。
それはそうだろう、目の前で幼い命が消えていたかもしれないのだ。いかに事なかれ主義で、当たらず障らずが身上の僕でも(異議は認めるが…)もし、目の前にジャンクスがいたのならばただではおかないだろう。僕の持てるすべての姑息さ、卑怯さを持って傷つけてしまうだろう。僕はその自分の中の残虐性に気が付き気分が悪くなった。(事実その時僕は頭の中で数パターン、ジャンクスを襲う方法を無意識にシミュレートしてしまっていたのだ。)
胸が苦しくなり、少し項垂れていた僕を心配してツボミさんが声をかけてくれた。
「だ、大丈夫……、さすがに緊張してちょっと疲れただけだよ。」
半分だけ本当のことを伝えて彼女を安心させた。そんなやり取りの中シノハラさんの治癒が終了したようでカミル少年は意識を取り戻した。あんな極限の状態を経験した少年に酷である事は重々承知で、僕はどうして彼にも聞かなければいけない事があった。ガイガーさんや仲間達と生還した喜びを味わっている中、僕は無粋にも声をかけた。
「カミル君、ごめんね、こんな時に。でも、どうしてもお兄ちゃんに教えてもらいたい事があるんだ。」
カミル君はキョトンとして僕を見た。僕の疑問はあの燃え盛る業火の中、いかに噴水と言う施設があったとは言え、カミル少年が「気道熱傷」のみで済んだ事が理解できなかった。そして、もう一つ透視によって僕が見つけたものは実はカミル少年だけではなかった。あの噴水の横には大きく穿たれた巨大な穴があったのだ。それによって僕が導き出した推測は、
「カミル君、君があの噴水にいた時に、あの場所に他に誰かいなかった?」
ガイガーさんを始め、パーティーのみんなもみな僕が何を言い出したのかという表情だったが、カミル少年は一度ガイガーさんを見て不安げな顔をした。
「カミル、この人が火の中からお前を救ってくれたんだよ。」
ガイガーさんの言葉にカミル少年は再び、僕を見て「ありがとう、おにいちゃん」と言って笑った。
「あの時、僕中庭に置いてあったタナカお兄ちゃんのくれたボールを取りに行ったんだ。」
それの聞いてタナカさんは涙くんで上方を仰いだ。
「そしたら周りを火に囲まれて…、あんまり暑いから噴水の中に入っていたの。そうしたら鳥の仮面をかぶった男の人と、魔法使いのお姉ちゃんが現れて……。その後なぜか熱くなくなって、僕は見つからないように小便小僧の後ろに隠れていたんだよ。」
意外な内容にみんなが驚嘆する中、僕はおおよそ、そんな予想を立てていた。おそらく鳥の仮面の男と、魔法使いの女が現れた時、ある種の結界を張ったのだろう。そのエリアに隠れていたカミル少年は炎のから守られたいたのだ。そして、彼らが去った瞬間からカミル少年を恐ろしい熱波が襲ったのだ。それはきっと僕が救出するほんのわずかな時間の出来事だったはずだ。仮に少しでも救出が遅れていれば、やはり彼の命はなかっただろう。
「カミル君、最後にもう一つ。その人達は噴水の周りに穴を掘ったね。」
カミル少年は頷くのを見て、さらに彼らが何かしら、そこから持ち去ってはいないかとの質問をした。
「えーとね、鳥の男がお皿を持って行ったよ」
その答えを聞いて皆、全く話の内容がつかめないようで、誰もが沈黙してしまった。それは至極当然の反応だろう。「皿」を掘り出すために人命を無視して建物に火を放つなど想像出来ようもない行為だ。
僕はその話の熟考は後にする事にし、ガイガーさん、そして焼け出された病院、孤児院の人々を安全な場所へと移動させた。駆けつけた近くの小学校の職員が避難場所として体育館を解放してくれたのだ。
最後にカミル少年はタナカさんに、
「お兄ちゃん、ごめんね、もらったボール焼けちゃって……。」
と言って、本当に申し訳なさそうな表情をその小さな顔に浮かべた。タナカさんはもう人目もはばからずに泣き崩れて、「また、見つけてくるから、また絶対一緒にサッカーしような」と言うのがやっとだった。




