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第二章 33  テンガロンハットの男

 翌日、再び僕は単身でゲルフ・バンブー邸に潜入し、デルさんにコンタクトを取っていた。


 「ソメヤさん、タイミングよくいらして頂き恐縮です。」


 冒頭、デルさんは神妙な顔でそんな事を言った。なにかしらの動きがあったのだろうかと思い、僕が表情を硬くするとデルさんは続けて、


 「最近、ジャンクスとブラシェッドバンブーの幹部「利欲 (りよく )のグリーズ」とがしきりに打ち合わせを行い、部下たちに様々な指示を出しているそうです。無論穏健派には情報が流れてきませんので詳細は不明ですが……。」


 「そうですか……、改めて『猫の手本舗』の方の守りを厳重にします……。」


 「すみません…、ギンジ様は未だジャンクスさんを切る決断が出来ないようでして……。」


 「いえ、そんな。あっ、あの、ひとつお願いがあるんですが、僕はまだそのジャンクスとグリーズという人の顔を知らないので、特徴を教えて頂いてもいいですか?」


 デルさんは頷いて端的に両者の特徴を教えてくれた。まずジャンクスは想像していた通り大柄の体系しているようだ。金髪の短髪で肌が浅黒く、眉間に大きな傷があるそうだ。恐らくこれだけの特徴があれば間違える事はないだろう。そしてグリーズについてはさらに明確だった。常に白い鳥を思わせるような仮面をつけているのだそうだ。ほぼ顔全面を覆っているのでデルさんも素顔は知らないそうだが、これこそ間違えようもないだろう。


 「ソメヤさん、実はもう一つ妙な話を聞きまして……。正直、私には皆目見当もつかないのですが、あなたのお耳には入れておきます。」


 ふいにデルさんはそんな話を始めた。内容は以前からジャンクスが街の中で『何か』を探しているという話だった。その肝心な『何か』が分からないのだが、それは「人物」などではなく「アイテム」のようだった。

デルさんはそのアイテムを求めるジャンクスの執念が異常に映り、非常に違和感を感じていたそうだ。「アイテム」を探す。なんともRPGゲームノリな行為だが、自分以外にもそんな事に執念を傾ける人物がいたとは、と妙な感覚を覚えた。僕はデルさんに自分の方でもそれについては調べてみると告げて、屋敷を後にした。


 「すべての偶然は必然である」そんな言葉がある。僕はデルさんの話に形而上的な胸騒ぎを覚え、なぜかそんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 「すべての偶然は必然である」

 自分にとってプラスの内容については同意するが、マイナスの内容には頑なに「それはあくまでも偶然である」と言いたい。そう、あくまでも「たまたま」に過ぎない。アイテムを探しているというジャンクスの行為は僕にとっては単に「たまたま」である。そう自分に言い聞かせた。だが、本当に不幸にもバイト先にその「たまたま」が転がっていて僕はげっそりとした。


 いつもの賑わいとは別の種類の喧騒が「みずいろ庵」を包んでいた。店内では金色の短髪で眉間に大きな傷がある大男ががなり声をたてていたのだ。それを店の常連達が団結して応戦するという構図だ。


 「お前らにそんな権利があるとは俺には思えんがなっ!」


 ガラガラの声で言ったこの男こそジャンクスであろう。思った通りの品のなさ。どうしてこういう輩は概ね似たようなキャラ設定になってしまうのか。


 「だまれ、シャロンさんに迷惑をかける奴は、この店には出禁になるのがここのキマリなんだよ!」


 常連の剣士のおっさんが正論を言う。そうだぁそうだぁ~と僕は心の中で思った。これだけのやり取りでジャンクスがシャロンさんにちょっかいを出し、常連達が反発している事が分かった。僕はそそくさと人の間を縫い、不安げに見守るキッチンのシャロンさんの所へ向かった。


 「ああ、ソメヤ君来てくれたのね。どうしましょうかね、なんだかみなさん揉め始めてしまって。」


 この人はこんな時でもどこか余裕があって、いつの通りののんびりした空気で僕を迎えてくれた。僕は以前もジャンクスがシャロンさんにちょっかいを出し、それをシャロンさんの彼氏がどうにかしたと聞いていたのだが、再びジャンクスが色気を出したという事だろうか。


 「とにかく俺はあんな綺麗な女を見たのは生まれて初めてだ!絶対に俺の女にする!決めたっ!」


 ジャンクスの言葉に違和感を覚えた。今、初めてだと言った。さもここへ訪れる事が初めての様な発言だった。その疑問は常連さん達も同様だったようで、


 「お前は前にも同じ事言ってたじゃないか!お前馬鹿なのか?」


 周りの常連客達はゲラゲラと笑った。ジャンクスは完全にここではアウェーだ。ジャンクスは憤慨しながら、自分はここへ来るのは初めてだと怒鳴った。その怒りようはその言葉に偽りがない事を如実に物語っていたように感じた。


 「あの人……、前の記憶がないんですかね……。」


 僕が独り言のようにつぶやいた言葉にシャロンさんは頷いて「たんぶんね」と言った。その言葉はそれをあらかじめ知っていたようにも感じた。時折感じるシャロンさんの神秘的なオーラがその時も全身を包んでいたように思われた。

 シャロンさんの横顔をそんな気持ちで見つめていると、店内のボルテージは最高潮に達しようとしていた。怒号が飛び交い、どうやら店の外にも野次馬が集まっているようだ。あまり得策とも言えなかったが、ジャンクスの怒りの方向を変えようと、僕は仕方なくシャシャリ出る事にした。


 「あ、あの……。」


 ジャンクスとそのお供らしき4名、そして常連客十名ほどが一斉に僕に注目した。「なんだてめぇは!」というお決まりのセリフを頂き、僕はバイトの店員だと告げる。そして改めてジャンクスを見据えて軽くいじる。


 「先ほど、あんな綺麗な女を見たのは生まれて初めてだとおっしゃっていましたが、そんな言葉を『猫の手本舗』のクロエさんが聞いたらさぞかしガッカリされるかも知れませんね。」


 僕の言葉にジャンクスは間抜けなほど分かりやすいリアクションで「ギクっ」としていた。そしてすぐに「生まれて二度目だ、二度目!」と訂正した。そして思い出したように、もう一度間抜けなほど分かりやすいリアクションで「ギクっ」としてから、


 「お前!なんでクロエを知っているんだ!何者だ!」


 「いや、ですからバイトの店員です。」


 ジャンクスは当然そんな事を聞いているのではなかったので、さらに怒りの濃度を濃くしていった。隣の仲間の男が気が付いたように、僕が先日ギンジさんに会いに来た男だと告げると、ジャンクスは改めて顔を硬直させクロエさんを手に入れられなかったのは僕のせいだと食ってかかって来た。

 僕はもうこのままこの男と事を構えてしまおうかとも考えていた。デルさんの言っていたゲルフ・バンブー内での不穏な動きも気になるし、このままでは事態の解決には至らないと考えていたからだ。

 だが、この騒乱は予想もしない方法で終了を迎えた。


 「いっ、いででで!なんだお前は何しやがる!」


 ジャンクスの仲間の一人の腕を片手でひねり立ち尽くす男がいた。男は目深にテンガロンハットをかぶっており、その表情は読み取れなかった。さほど大柄ではなかったが、服の上からもその引き締まった体が相当強靭であろう事が伺えた。

 男は無言でジャンクスの仲間を拘束したままドアの方へ移動し外へと放り投げた。ジャンクス達は店内で剣を抜き放ち、常連客達で埋まる店内は再び騒然とした。


 「もうお前死んだな。もう、謝ってもお前殺すわ。俺、お前殺すわ。」


 ジャンクスは怒りを通り越して、完全に壊れたような表情をそのゴツゴツの顔面に貼り付けていた。目が座り、確かにもう誰の言葉もこの狂人に届きそうもなかった。

 ドアの近くにいたテンガロンハットの男に向かってジャンクスは剣を振り下ろした。店内はおっさん達ばかりなのだが、なぜか悲鳴にも似た声が響く。その刹那ジャンクスは弧を描き先程の仲間の男同様に道路に投げ出されていた。テンガロンハットの男はそのままジャンクスに近づき、ジャンクスの剣を膝で叩き折り、無防備となったジャンクスを殴り始めた。時折鋭い膝蹴りがジャンクスの腹部を捉え彼は悶絶した。ジャンクスが完全に沈黙したのを確認すると男はその手を止めた。

 圧倒的な強さと言っていいだろう。これほどまでに一方的だとジャンクスの仲間たちも仇を取ろうとも考えなかったようで、同様に沈黙していた。男は仲間の男達に顎をしゃくり親指でジャンクスを指示した。恐らくジャンクスを連れて帰れと言う合図だろう。男達は何も言わずに完全に意識を失ったジャンクスを連れてすごすごと帰って行った。

 店内の常連客達は一斉に歓喜の声を上げたが、男はジェスチャーでそれを収め、やはり何も語らずにゆっくりと姿を消した。


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