第二章 32 うそつき
それから2日ほどは何事もなく過ぎて行った。ゲルフ・バンブーの邸内に戻ったドメニさんから何度か情報をもらったが、邸内も特段変わった動きはないようだった。僕とナガイ君は相変わらず「猫の手本舗」の向かいで見張りを続けていた。再びナガイ君の悶々とした煩悩が鬱陶しかったが、これだけ溜めておけば、いざという場面ですごい力出そうだと思い完全スルーでいた。
そんな訳で取り立ててする事もなく、僕達は無意味に無価値にボーっと過ごしていたのだが、開店の準備をするクロエさんがドアに「OPEN」の看板を出すのに外に出てコチラに向けて手を振ってくれた。笑顔で手を振り返したが、やっぱりクロエさんは綺麗でカッコいい。エロ坊主も基本アスタさん押しだが、クロエさんの姿にももちろん鼻の下を伸ばしていた。
(やっぱりあの時、伝達をクロエさんにお願いしたのはしくじったかなぁ……。)
手を振りながらそんな事を考えていた。
なぜならば、先日のレベルとの会話の後、家に戻り自室でくつろいでいるとシノハラさんが部屋に来たのだった。フクスケを連れずにと言うのは最近では珍しい事だった。
「すみません、夜遅くに……。」
シノハラさんはお風呂に入った後だったようでシャンプーのいい香りがした。話があると聞いていたので内容を促したのだが、なかなか本題らしき話にはならなかった。
「実はね、あの後フクスケと出かけたのは……、セイラさんには内緒だけど、ヴァンパイアのレベルの存在に気が付いたからなんだ。少し話しただけだけど、もしかしたら彼はそれほど僕達の脅威とはならないかもしれないよ。なんていうか、いい感じの人だった。」
シノハラさんが聞きたい内容ってこれだろうと、先回りをして告げた。ヴァンパイアの話を聞いてシノハラさんは驚いてはいたが、想像よりもずっと反応が薄く「そうなんですね。」とだけ言った。どうやらこの話ではなかったらしい。仕方なくシノハラさんの発言を待った。しばらく沈黙が続てからようやく彼女は少し怒ったような困ったような複雑な表情で口を開いた。
「その……、今日ウチに私達を呼びに来た人いるじゃないですか……。とってもキレイな人。」
と、ここまで聞いてなんとなく話の流れが分かった気がした。いや、でもシノハラさん、そんな話よりヴァンパイアの話のが大きくない?と心の中で無様に逃げた。
「あの人とはどういう関係なんですか?」
か、関係って……、ずいぶんストレートな聞き方ですね、シノハラさん。だが、ストレートだけに下手な言い訳は後手に回る。ここは……もうナガイ君を使って客観的な真実を伝えよう。
「あ~、あの人ね。うん、ナガイ君が前に訪れたお店の店員さんで、たまたまゲルフ・バンブーに絡まれていたトコロを助けてね。まぁ、それだけだどね……。」
シノハラさんは「ふう~ん」とだけ言って、ずいぶん面白くなさそうだ。
「……、ツボミさんがあの人は多分エッチなお店の人だって言っていましたよ……。」
ドキっ!あの赤い髪の天然勇者は一体どこでそんな情報を。
「ま、まぁ、エッチというのをどのように定義するのかは人それぞれだからね……。」
「また、そんなこと言って話をごまかすんだからぁ、ソメヤさんはっ!」」
「……すみません。う~ん、そうだね、あの店はエッチなお店です。」
なんだこれ、恋人に風俗行ったのがバレて謝っている的な図じゃあないか。いやいや、そうだ、僕はこういう事態のために後ろ髪を引かれつつナガイ君の付き添に徹していたのだった。
改めて僕は慌てずにあくまでもナガイ君の付き添いで行ったことはあるが、エッチなことしたのはナガイ君だけだと彼を叩き売りした。
「なんというか、神に誓ってホント。店の人に聞いてくれてもいいよ。」
シノハラさんは僕に近づき正面から僕の目を見つめた。真剣に見つめる顔がかわいい。本当にお風呂上がりの女の子ほどいい匂いの存在を僕は知らない。あんまり真剣に見つめているので随分顔の距離が近い。あれ?これってキスしていいフラグじゃないよね。ヤバい頭がぼーっとしてきた。ここは欲望に身を任せていい場面だろうか。だよね。だよね。うん、よし!
と思っていると、徐にシノハラさんは顔を振って分かりやすく「フンっ!」と言って不快感を表した。
あぶねぇ~、そうね、そんな訳ないよね。
「私、目を見れば対外、人の嘘は見破れるんですけど、ソメヤさんはダメ。大体、ソメヤさんって平気で嘘つくから全然分からないんです。」
サラッとすごい事言うな……。でもそれは本当の事だった。僕は平気で嘘をつく。人を傷つけたくないからと自分に嘘をついて嘘をつく。やさしい嘘、美しい嘘。僕は「嘘」を様々な美辞麗句で飾って嘘をつく。そうしなければ物理的にも生きてこれなかったからだ。もしその生き方を否定されるならば、僕はきっと少年の頃に死ねと言われたのに等しい。そして僕はまたここでも嘘をつく。「平気で嘘つく」と言われて、思いのほか傷つた事を僕は表には出さない。それはきっとシノハラさんのためではなく、それでも自己欺瞞にまみれた自分自身のためだろう。
「じゃあ、嘘だよって言ったら本当だと判定してくれる?つまり嘘つきの僕が嘘だと言ったら本当になるかな。」
「また……そんな事言う…。も~お、分かりました。信じます。エッチなのはナガイさんだけっ。」
「まぁ、僕もそれなりにエッチだけどね。それでも今回は無実です。」
わざとらしく誓いのポーズをしておどけて見せる。
「はいはい。もういいですよ。でも、ソメヤさん……。」
シノハラさんは上目遣いで僕を見据える。
「私には嘘とかつかないでくださいね。なんだか悲しくなるから。」
「うん、わかった。きっとそうするよ。」
という嘘を早速ついてしまった事にはさすがに自己嫌悪を感じた。
でもねシノハラさん、僕は多分君が悲しがっていたりしたら、これからも元気づけるためにはきっと平気で嘘をつくだろう。悲しんでいる君を見たくないという自己満足のためだけに嘘をつくだろう。それが「いい事」なのか「悪い事」なのかを僕は議論するつもりはない。
僕が過去にそうしないと生きて来れなかったように、きっとこれからもそうしないと生きていけないと思うから。そう思う今の気持ちはきっと嘘じゃないと……思う。たぶんね。




