第二章 31 気まぐれな歩行者
「こ、こんなトコロで何をなっているんですか?」
僕は相当ビビりながら上ずる声で言った。正直自分でもこんなにヘタレな状態になるのは久しぶりだと驚いたほどだった。
「う~ん、散歩かな~。キミ、僕のあだ名知っている?」
レベルは目をこすり、あくびをしながら言った。どうにもコチラとは対照的に緊張感のない人だ。
ヴァンパイアハンターのデモン・マリウスから聞いていた『気まぐれな歩行者』という通り名を告げると、レベルはパチンと指を鳴らして「そう、なかなかかっこいいでしょっ」とウインクした。さらに「それ実は僕が考えて広めたんだ。あっ、これ、ここだけの話ね。」と言って無邪気そうに笑った。随分と明朗な性格のようで、僕はうっかり警戒心が緩んだ。
「という訳で僕は今、趣味の散歩を楽しんでいたって訳だよ。」
「はぁ…、散歩ですか。」
確かにこの飄々した人物像にはお似合いの趣味かもしれない。僕はそんなどうでもいい納得感は早々に脇に追いやり、いい機会だと思い別の質問をした。
「…………あの、いくつかお聞きしてもいいですか?」
「うん、うん、どーぞどーぞ。」
正直、危機を感じた場面でグレート・エスケープで逃げられるのかも自信がなかったが、逃げられないとしたら今でも後でも同じ、そう考えて今は少しヴァンパイアについての知識を蓄えようと覚悟を決めたのだ。
直接的な質問でレベルの気を損ねる心配もないでもないが、僕とレベルの立ち位置を明確にするためにこんな事を聞いた。
「その散歩はいわゆる食事……、つまり吸血する事を兼ねているんですか?」
レベルはキョトンと僕を見つめ、少し考えてから再びケラケラと笑った。
「そうか、そうか、君のいた世界ではヴァンパイアってそうなんだよね。そんな話を聞いた事がある。でもね、この世界のヴァンパイアの男は吸血はしないんだよ。吸血するのは女性のヴァンパイアのみ。しかも子供を産む時に限るし、吸血されても相手は少しかゆいだけだしね。」
えっ?そうなの。まんま「蚊」の生態と同じじゃないか。しかし、かゆいって……。
「では、男性のヴァンパイアは人を襲うような事はしないという事ですか?要は噛みついたりとか……。」
「基本的にはね。噛むとしたらそれはヴァンパイヤウイルスを媒介させて仲間を増やそうという場合だけかな。」
ああ、そっちの要素はあるんだ。
そこに触れるとレベルは詳しく解説をしてくれた。元々生まれた時からヴァンパイアのカテゴリーを「ウーヌス」、その「ウーヌス」からウイルスを感染させられたカテゴリーを「ドゥオ」、「ドゥオ」からの感染が「トレース」と言うそうだ。「トレース」には感染能力はなく嚙まれたとしても普通に痛いだけだとレベルはお道化た。当のレベルは「ドゥオ」にあたるそうだ。
他にも前の世界で知っていたヴァンパイアについての基礎知識がこの世界では通用しない事が分かった。
例えば「にんにく」
「ああ、僕、ガーリックライスもにんにくマシマシのラーメンとかも大好きだよ。」
例えば「十字架」
「ここだけの話、僕クリスチャン。」
例えば「日光」
「どちらかと言うと夜型だけどね。でも、健康のために日光浴しなきゃとかは思うね。」
例えば「心臓に杭」
「いやいや、それってヴァンパイア関係なく誰でも死ぬよね。」
という感じだった。ここまで聞いてとりあえず僕は本題に入った。
「という事は、今ここで僕があなたに何かしら、危害を与えられるという可能性はないと考えて問題ないですか?」
レベルは今度はゲラゲラと大声で笑って「ないない、そんな事する意味がない」と言った。まぁ、冷静に考えてみればその通りで、僕を襲う意味なんて皆無だった。どうやら僕は恐怖心から冷静さを欠いていたのかもしれない。
そう考えると僕は随分と落ち着きを取り戻して、彼に親近感を感じてしまったのだろう。そして、ついこんな話をしてしまった。
「それにしても大丈夫ですか、こんな街中を散歩だなんて。僕がする心配ではないのでしょうが、レベルさんをヴァンパイアハンターが追っていますよ。なかなか変わった方ですがデモン・マリウスさんって言う。」
そう言うとレベルさんは「ふふ」と笑った。
「知ってるよぉ~、長い付き合いだもん。そろそろ諦めてくれると嬉しいだけどね、あいつ。」
そう言ったレベルさんの随分親し気な感じは、絶対に捕まる事はないという自信からなのだろうか。
「そうは言っても確かに同じところに長くいるのは危ないので、僕はそろそろ失礼するよ。そう言えば君の名前を聞いていなかったね?」
「ああ、僕はソメヤ・タカキと言います。あっ、それから…。」
「僕はフクスケといいます。」
「そう。ソメヤ君にフクスケ君だね。へぇ、珍しい種類のモンスターだね、可愛らしい。」
そう言ってレベルさんはフクスケの頭を撫でた。そして、気が付いたように通りに生えていた低木を見やって、
「あっ、そうそう、もうじきそこの花が咲くからまた見に来るといいよ。とてもいい香りの花だからね。」
そう言ってレベルさんは闇の中へ消えて行った。レベルさんが指さしていた木にはいくつものピンク色のつぼみがついていた。




