第二章 29 内紛勃発
ナガイ君は眉間にしわを寄せて下唇をかみしめながら、声にならないような声で「アスタさん」と一言発した。いずれにしろ一人の来客という時点で、それがジャンクスの一派である可能性は低いと思われたが、確かにそれでも僕自身緊張していた。
だが、やはりその緊張は杞憂であるよだった。店のドアが開かれるとそこからミネットさんが現れて、見張りを続ける僕達の方へ向かって手を振り、手招きするポーズをした。理由は分からなかったが僕はとりあえず安堵した。と同時に、そういえば猫又の子達はよく手招きをするなぁ、まさに招き猫だなぁなんてどうでもいい事を考えていた。
「あ、あなたがソメヤさんですか!」
「猫の手本舗」に入るとすぐに先ほどの黒服の男が慌てた様子で僕に聞いて来た。よく見れば彼の着ている服は、ゲルフ・バンブーのデルさんが着ているものに酷似していた。
「ええ、そうですが、あなたはゲルフ・バンブーの方ですか?」
そう告げるとそのうら若い男性は(おそらく僕やナガイ君と同年代だろう)深々と頭を下げて、
「ギンジ様とデル様を助けて頂けませんか!今、頼れるのはあなたしかいないんです!」
その蒼白と言っていい程血の気が引いた若者の表情は、まさに苦痛に歪むという表現しか出来ないような状態だった。気が動転しているのか彼の説明は要領を得なかったが、ギンジさんとデルさんの身に何かしら起きたのは間違いなく、まずは彼を落ち着かせる事から始めた。
「急がば回りましょう。一度深呼吸をして。そう、吸って、吐いて……、ええ、もう一度。」
若者は素直に従い、息を飲んでから自分の名前をドメニ・カラッチだと告げた。ゲルフ・バンブーに所属し、現在はデルさんの下で働いていそうだ。
ギンジさん、デルさんの身に何が起こっているのか。端的に言えばそれはゲルフ・バンブー内でのクーデターと言っていいだろう。以前からギンジさんの穏健的な組織運営を良しとしない勢力が、ギンジさんとデルさんを拘束し、現状軟禁状態にあるという。その事件の首謀者は言うまでもなくジャンクスだ。
今回のクロエさんの件でジャンクスはひどくキレていたという。ギンジさんもデルさんも警戒はしていたそうだが、不意を憑かれジャンクスの手に落ちたようだった。デルさんは僕に力を借りたいと言ってきた通り、このような事態はある程度覚悟をしていたのだろう。このドメニという若者は、もし自分に不測の事態があった場合は僕を頼るようにと指示を受けていたそうだ。ドメニは僕達の家に急行したが不在だったため、そのような場合は「猫の手本舗」へとの指示まで受けていたそうだ。
「こういう状態に陥ったという事は、ギンジさんを支持する穏健派よりも、ジャンクスを支持する強硬派の方が勢力が多いという事なんですか?」
ゲルフ・バンブー内の敵、味方の数を把握したくて聞いた内容だったが、ドメニの口からはさらに話がややこしくなる状況が伝えられた。
「いえ、正直ジャンクスさん一派は少数なんです。ただ、ギンジ様はご自分の兄上の遺児であるジャンクスさんに甘いのです。デル様もその甘さがいずれ仇となると……。」
「その少数の勢力でクーデターを?」
「実はジャンクスさんの後ろ盾としてブラッシェド・バンブーの幹部が力を貸しているんです。正直、圧倒的な武力で自分達じゃ手も足も出なくて……。」
ブラッシェド・バンブーの名が出て僕もナガイ君も一気に緊張感が増した。それはそうだろう、僕達2人は始まりの街において「八行者」の1人「忌避のアンジェ」に、一度はボコボコにされているのだから。
「ち、ちなみにその幹部ってのは……は、八あん……。」
僕は彼からの言葉を引き出すように言った。
「は、はい、「八行者」の1人「利欲 のグリーズ」という男です。」
ほら来た。「八行者」の1人。
まぁ、十分にフラグが立っていたので覚悟はしていたが……。ここでも「ソロモン12騎士」だではなく「八行者」が絡んでくるとは。これはすでにナガイ君はビビッて使えないかもと彼をふり返って見た。だがしかし、そこには凄まじく気力溢れる坊主頭が勃っていた……もとい、立っていた。
「ナ、ナガイ君?」
仄暗い店内でライトの逆光でナガイ君は来光を纏った高僧のように穏やかな顔で僕にこう言った。
「さぁ、ソメヤさん、ちゃっちゃと済ませてたっぷりと……。ねっ。」
こ、こいつ……。時々僕は本当にこのエロ坊主を尊敬する。ナガイ君がこういう状態なら僕達だけで先行しても大丈夫だろう。そう判断して僕はナガイ君とブラッシェド・バンブーへ向かう事にした。当然タナカさんにも同行を願った。彼はどこまで理解しているのかは微妙だったが、二つ返事で快諾してくれた。後は、ツボミさんたちへの連絡だが、後々面倒な事になりそうな気もしたがクロエさんにお願いした。
僕、エロ坊主、タナカさんが現地へ向かうとドメニさんに告げたが、彼はあからさまにこの人達だけで大丈夫なのかと不安げな表情を隠さなかった。それは、かなり正常な反応なのだが、時間も惜しい状況なので、申し訳ないが彼の不安はそのままに、僕達はブラッシェド・バンブーの屋敷へと向かったのだった。




