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第二章 28  彼氏

「もぉ~、またソメヤ君ってばそんな危ない事しているの?」


 いつも通りバイト終わりの会話の中でシャロンさんが呆れて言った。今日の「猫の手本舗」でのやり取りを話したからだ。なぜか、僕はシャロンさんには自分の身に起きる様々な事を話してしまっていた。シャロンさんの柔和な対応が心地よくてつい…といった感じか。このシャロンさんの能力というか、魅力に惹かれて多くのおっさんがこの店に集まるのだと改めて納得する。


 「でも、ソメヤ君も……、そういうお店に興味あるんだ?」


 シャロンさんは目を細めていかがわしそうなモノを見るような表情で言った。僕は慌てて全力で否定してナガイ君を速攻で人身御供として差し出す。


 「今回は完全にナガイ君だけですよ。僕は本当にただの付き添いですから。本当に本当です。」


 「ふふ、慌てちゃってかわいいのね、ソメヤ君。そっかそっか、『今回は』か~、うんうん信じてるよ~。」


 この人にはこの舌先三寸で世の中を渡ってきた僕も、どうにも勝てる気がしない。


 「でも、私そのジャンクスっていう人の事知っているかもしれないわ。確か何年か前にここに来ていた人ね。その時も私にしつこく自分の女になれって言ってきた人だと思うわ。」


 「えっ!そうなんですか。で、どうやって止めさせたんですか?」


 シャロンさんは両腕を汲んで真剣に考え始めた。いちいちかわいい仕草だ。


 「たぶん彼が何とかしてくれたんだと思うのだけれど。私もよく分からない。いつのまに現れなくなったから。」


 さらに無邪気に笑う。どうも本当に理由を知らないようだった。にしてもだ、今シャロンさんの口からサラッと出てきた「彼」というキーワード……。そりゃ、いるんだろうけど、そりゃ、僕がどうこう出来る訳じゃあないけれど、こんなにも衝撃を受けるとは。その笑顔が明るいだけこちらが暗くなる。


 「か、彼氏ですか……、そりゃ、随分腕が立つ方なんでしょうね……はは。」


 「う~ん。でも多分私よりも弱いわよ。」


 おのろけか……。ため息も出ない程のがっかりではあったが、僕はジャンクスへの対応の参考になるのかもと思い、会いたくもないシャロンさんの彼氏さんに会えないかと聞いてみた。


 「それがねぇ……、今は放浪中なの。どこでどうしているんだか。」


 「えっ!シャロンさんを置いて放浪ですか!そんな人間がいるんですか?普通ありえなくないですか!シャロンさんですよ!」


 妙な感情が入り混じってしまった。なんだか言葉が支離滅裂だ。


 「ね。普通の人間じゃないのよ。あの人。」


 と、シャロンさんは眉間に皺を寄せて頬を膨らませた。なんだよ、これもおのろけか……。

 ともあれ、この日僕はシャロンさんに彼氏がいる事実に打ちひしがれながら、「みずいろ庵」を後にしたのだった。


 一度、家に戻ってから僕はナガイ君が見張りを続ける部屋へと向かった。さすがに不眠不休では僕がブラック企業の上司のようになってしまうので、仮眠を取ってもらおうと思っていた。いざという時に役に立たないのも困るしという、ほとんどこちらの都合優先ではあったが。

 見張り用の部屋へ入るとそこには何とも言えない悶々とした空気に包まれた坊主がいた。坊主と言いつつ煩悩まみれのその姿はさながら生臭坊主そのものだった。

 彼の僕を見つめる目つきはありえないくらい粗暴で、一瞬あなたは誰レベルの別人っぷりだ。


 「や、やあ、ナガイ君……、どう?変わりは?」


 「変わりありませんよ……。それよりソメヤさん、この仕事いつまで続くんですかぁ!」


 これは随分といろいろ溜めてらっしゃるご様子。精神的にはストレス。肉体的には……ってトコか。


 「僕もう辛いですよ、お店を見張るのなんてぇ。だつて、次から次へと男どもが入っていくんですよ。ああ~アスタさんに変な事してないかとか考え出したら……、あ~~~もう!」


 いや、お前も変な事しただろう。ってか、お前のローズさん一筋論はどうした。と、メチャクチャ言いたかったのだが、それでもここまでいろんなモノを溜めて頑張っている坊主頭に敬意を表して見逃してやった。


 「でもほら、ナガイ君の頑張りでアスタさんを身の危険から救える訳だし、この問題が解決したらたっぷりと……ねっ。」


 ナガイ君はうつむいてワナワナと震え始めた。通常の心理状態ならば、そんな取ってつけたような内容に対しては怒りを覚えるハズなのだが、それなりにナガイ君との付き合いが長い僕はそうは思わない。この震えは怒りによるものではない……、実際に……。


 「そ、そうですかぁ?えへへへ、たっぷりですかぁ?やだな、ソメヤさんそんな事言ってぇ~。いやらしいな~、えへへへ。」


 なっ。気持ち悪い。


 なんてくだらない事をしていると、状況に変化が訪れた。「猫の手本舗」の店舗に一人の黒服の男が慌てた様子で入っていったのだ。ナガイ君もまたその様子を見て僕以上に慌てふためき、今にも店に乗り込もうかという状態だった。僕はそれを押しとどめ、様子を窺うようにナガイ君を落ち着かせた。


 「大丈夫だから、タナカさんも中にいるんだから。まずは状況を見守ろう。」



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