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第一章 8  シノハラ・リサ

 ほどなくしてシノハラさんが現れた。予想はしていたのだが、彼女は顔色も悪く少し情緒不安定な表情をしていた。


 「久しぶりだね、元気……そうでは……ないね。」


 シノハラ・リサは小さく頷くだけだった。ツボミ=オーキッドと絡んでいただけにこの落差はすごいな。出掛けに気分が悪くなっても、あの隣の部屋のネガティブな魔導士に会っておくんだった。


 「立ち話もなんなんで、とりあえずお茶でも飲みながら話そうか。」


 そういって僕はシノハラさんを連れて「物憂げな猫亭」へと向かった。


 「ここは僕がバイトしているお店なんだ、デザートなんかもおいしいから、もしよかったら食べてみて。」


 「バイト?……この世界でそんな事が可能なの?」


 「あ~、普通は出来ないようだね。僕は初期設定が『無職』になってたから、とりあえず職業選択の自由が確保されたみたい。仮に転職するとしたらジョブチェンジは1000万ゴールド必要みたいな話だよ。」


 シノハラさんは再び絶望に苛まれたように表情を暗くした。僕はほんの数日の付き合いではあったが、なんとなく彼女の気持ちは察していた。それは街の外での狩りの時にしてた彼女の表情を見ていればすぐに気が付くものだった。


 「やっぱり、モンスターとはいえ血を見たりとかはキツイよね。」


 僕はシノハラさんが恐らく最も嫌気していたであろう事を尋ねた。彼女は急に図星を突かれて驚いたのか、一瞬僕を見つめ再び視線を外して「うん」とつぶやいた。そのあと口をぎゅっとかたく結んだしぐさが印象的だった。


 「彼らとも……、その…合わなかったってもの…ある?」


 「そうですね……。」


 シノハラさんはゆっくりと、少しづつミシマ・タクマのパーティーを抜けた理由を話してくれた。

やはり、彼女はフィールド上でのモンスター狩りというこの世界ではほぼ義務付けられた行為に馴染むことが出来なかった。禍々しいモンスターを見るのも、その命を絶ちその体内からコインを取り出す事も、何もかもが苦痛だった。さらに、その行為をゲーム感覚で行うミシマ・タクマ達にもついていけなかったという。確かに彼らはモンスターを殺すという行為自体を楽しんでいた節はあった。そういう意味では彼らがゲーム感覚であったというのは決して間違った認識ではなかっただろう。


 「私は…なんでこんな所にいるんだろうって思ったら……悲しくなって。お父さんにも、お母さんにも会いたいし、友達にだって……。あの人達に言ったら一言『別に親とか友達とかどうでもいい』って返ってきました……。せめて分かり合える人がいればって……思ったんですけど……。」


 「そうか……、僕で力になれればよかったんだけど……。ちょっと難しいかな……。」


 シノハラ・リサは「意外な感情」と「がっかりした思い」の混じった複雑な表情をした。


 「ソメヤさんも親とかどうでもいいって思っているの?」


 「いや、もう会いたいと思える親はどこにもいないから……。すでに天涯孤独。故の苦学生だったんだ。」


 「えっ………………。あっ、ごめんなさい。」


 「あっ、ごめん。僕こそ。でも僕もあの人たちは苦手だけど、もしかしたらあの軽いノリの彼らにも彼らなりの事情や思いがあるのかもしれないね。だからといって戻れって言っている訳じゃないよ。ただ……、今後どうする?少なくともこの世界で生きて行くには……。」


 シノハラさんは再び沈黙してしまった。僕はとっさにある事を口走ってしまった。まぁ、潜在的には心の中で薄らと考えていた内容ではあるが………、


 「とりあえず、フィールドには僕と出よう。僕となら血を見ることなくゴールドを手に入れる事は可能だよ。あとは……寄宿舎の件だけど、いろいろ気まずいでしょ。僕のいる寄宿舎に越してくるといいよ、個室だし食事の心配もいらないから。あっ、ゴールドなら心配しなくていいよ、今、僕は割と蓄えあるし。」


 「でも、それじゃ……、前にもゴールドを頂いたし……。」


 「まぁ、あまり親切なのも重いよね。こうしよう、僕はフィオールドに出る時、戦闘はしないけど絶対にケガをしないなんて保証もないから、僕の専属の聖職者って事で君を雇うよ。その対価としてゴールドを支払う。」


 「そんな……、いいんですか……。私、聖職者としても半人前ですよ……。」


 「まぁ、いいんじゃないかな。それじゃ、決まりという事で。」


 善は急げで、引越は2日後に決めた。荷物なんてほとんどないのだから即日に出来るだろうという意見もあるかもしれないが、寄宿舎への報告うんぬんもあるだろうという考慮からだ。僕の寄宿舎については実はすでに空き部屋は確認済みで、受け入れは可能だろう。これは狙った訳ではないのだが、空き部屋は僕の隣の部屋だ。つまり、僕はシノハラさんとネガティブな魔導士に挟まれる事になる。まぁ、だからなんだという話だが。シノハラさんが帰った後、僕はそのままバイトのシフトに入る。当然のように店長のシモンズが僕をいじりに来る。


 「ソメヤきゅ~ん、なに、君も隅に置けないね。彼女?かわいいじゃん。」


 「なら、いいんですがね。彼女、一緒の日に召喚された仲間なんですよ。いろいろあってふさぎ込んでいたんで、相談に乗っただけですよ。」


 「ふ~ん。じゃ、これから付き合っちゃえばいいじゃん。」


 「う~ん。実は僕、彼女がいた事ないんですよね。彼女いない歴年齢ってヤツです。」


 「なんだよ、ソメヤ君童貞かよ~。」


 「童貞ではないんですがね。いや、正確には素人童貞?っていうんですかね。」


 「悲しいな~、その年で風俗かよ~。」


 「う~ん、それもちょっと違うような……。」


 「じゃあ、なに?」


 「学費に困った時とか時々買ってくれるお姉さんが何人かいまして……。」


 「わ~!、待て待て!、話が急角度にディープになり過ぎてきた。!もういい!聞いた俺が悪かった。君、そういう話、あの子の前で絶対しちゃダメだよ。なんか、そういうとこ抜けている気がするよね君って。」


 「はぁ……。」


 シノハラ・リサが言っていた前の世界への望郷。

 果たして僕にはどの程度あるんだろう……。そんな考えても答えが出そうにない問いが、その日のバイト中頭から離れることはなかった。


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