第二章 23 ビンビンですよ
タナカさんのお見舞いを済ませた後、僕はナガイ君と合流して「猫の手本舗」へと足を向けた。先日のみずいろ庵での「コウモクエンタープライズ」の御曹司一行が口にしていた話の件で、情報を集めたかったというのが目的だった。猫又のクロエさんを借金のカタの自分のモノにしようと「ジャンクス」なる人物の存在についてだ。男達の言っていた、
「あのイカレたジャンクスがいつまでも大人しくしている訳もねえしな……。」
この言葉を考えれば少なくとも忠告するくらいはしないと、僕の中の偽善心が納得しないのだ。だが、実際にはすでに事態は遅きに喫したようであった。
「猫の手本舗」の前まで来ると、そこには異様な雰囲気があり、何かあった事がすぐに伺えた。
まだ夕暮れ前の時間帯であったが、店の周りに数名の人々がたむろして、しきりにヒソヒソと話をしていたのだ。僕もナガイ君も一気に緊張して辺りを伺った。店の外観を見る限り物理的に何か被害があったという感じでもない。僕はやじ馬を見渡して、顔つき的におしゃべりが好きそうなおっさん(完全な偏見だが)を捕まえて話を聞く事にした。おじさんは怪訝そうな顔をしつつも、案の定話したくて仕方なかったと言わんばかりに話し始めた。
「ああ、何人かのいかつい男達が店に入って行って怒鳴り声が聞こえてたな。女達の悲鳴もそりゃひどくてな。なんでも『いい加減に俺の女になれ』とかなんとか言ってたのも聞こえたな。そうこうしているうちに銀髪の女が男どもに連れてかれちまったようだな。」
あまりにもご都合的な内容を耳にしたのだが、かなりの確率で「ジャンクス」という男がクロエさんを連れて行ったのだろう。あまり賢い選択とは言えないが僕は反射的に彼らを追う事にした。
まずは急いで「猫の手本舗」のドアを開いた。ホールで先日の猫又達が大きな声をあげて泣き崩れていた。それを気遣うおばさんにジャンクスの名を出し、クロエさんがどこへ連れて行かれたのかを訪ねた。
「あんた、この間の……、なんでそんな名前を知っているんだい?」
「今日の出来事について、ちょっと小耳にはさんだだけですよ。今日はその噂をみなさんにお知らせしようと思ったんですが、遅かったようで残念です。」
「誰がそんな噂を……。」
「コウモクエンタープライズの関係の人間です。」
その名前を聞いて猫又達は一斉に怒りをあらわにした。よほどの因縁があるのだろうか。その喧噪をおばさんは一喝して鎮める。
「ありがとうね。でも、もう深入りしないほうがいい。あいつらは本当に危険な連中なんだよ。クロエは私たちを守るために自分であいつについて行ってくれたんだ。もう、大人しくしているしかないよ。」
「そのジャンクスってのもコウモクエンタープライズの人間なんですか?」
おばさんは力なく首を横に振り、ため息を付く。
「ジャンクスってのはこの街に巣くっているゲルフ・バンブーっていう組織のナンバー2だよ……。誰も手出しは出来ないのさ。」
僕とナガイ君は目を合わせて一瞬止まる。バンブーの名は僕らにとっては深い因縁を持つ言葉だった。ダスク・バンブーのメアリーさんとの闘い、ブラッシェド・バンブーの八行者の一人『忌避のアンジェ』との闘いを思い出した。命を落としかねない戦いだっただけにその「名」に僕らにひどく緊張した。その反面、その緊張感とは裏腹に僕達の思いは決していた。
「ブラッシェド・バンブーに連なる組織なら、なおさら深入りせざるを得ません。教えてください、彼らは今どこにいるんですか?」
僕とナガイ君の鬼気迫る表情に、おばさんはそれ以上細かい事は聞かなかった。そしてゲルフ・バンブーの本部のある場所を教えてくれた。猫又達は話が見えないようだったが、先日ナガイ君の相手をしてくれたアスタという子がひらめいたように笑顔を見せる。
「クロエさんを助けてくれるの?ねぇ、そうなの?」
その言葉に他の猫又達も歓喜して僕達に纏わりついてきた。ナガイ君は一気に緊張感を失うと同時に謙虚さまで溶解してしまったようだ。
「まっかせて下さい!僕は天才剣士ナガイ・ヤスユキです!かならずクロエさんをみなさんの前に無事にお連れ致します!」
僕は頭がクラクラしてきた。本当にこいつのおもりは疲れる。僕は尚も自己主張するエロ坊主を押さえつけて、善処しますがどうなるかはまだ分かりません。皆さんの協力も借りるかと思うのでよろしくお願いしますと言い残し、店を後にしたのだった。ゲルフ・バンブーへ急ぐ中、いまだ興奮冷めやらぬナガイ君に改めて問うた。
「ナガイ君、で、君、エロバーサク状態発現出来そうなの?戦える自信はあるの?」
懐疑的な目で見つめる僕に、ニヒルな笑みを浮かべたエロ坊主は
「アスタさんの涙なんて僕はこれ以上見たくないですからね。もう自信はビンビンですよ。」
どういう表現方法なんだよ。とは言うまい、今はとにかくエロ坊主をいい気分にさせて「色気」づかせておくのが最優先だ。
驚いた事にゲルフ・バンブーの本拠地はタナカさんの入院している病院からさほど離れていない場所にあった。正直最悪な気分になる、病院や孤児院に近い場所にバンブーのような反社会的な組織が跋扈しているとは。
それにしても、僕とナガイ君2人での戦闘など、実際この時の僕は冷静とは言えなかったのかもしれない。ここまで体制も整えずに向こう見ずな行動を取るとは我ながら、らしくなかった。
孤児院を見て忌まわしき過去の記憶をたどってしまった事が、僕を感情的にしていたのかもしれなかった。




