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第二章 22  記憶の残渣物

 今回は作戦が非常に雑でいろいろと不手際があったのだが、こうして形上はなんとかタナカさんのパーティー脱退は成功した。(あのリーダーがこのまま黙っている気はしないのだが、それはその時に対応しよう。)

 ただし、その代償と言っては何だが、結局、タナカさんは病院に入院という事になった。

 鼻骨、肋骨2本、右手親指の骨折に始まり、全身打撲により完治までに2ヶ月という診断がされた。まぁ、治癒魔法を並行して使用する事で1週間ほどで通常の生活には戻れるようだが。とはいえ命に別状があるわけではなかったが、ずいぶんと重いケガとなってなってしまった。最後にスタン・ハリセンによる電撃ビリビリに巻き込まれたナガイ君は、いつまでもタナカさんのケガの半分はソメヤさんのせいじゃないんですか?などと本当の事を言っていた。

 本当に鬱陶しかったので、また「猫の手本舗」への用事に付き合ってくれと、飴をあげて黙らせた。実際には最初からナガイ君を同行させようと思っていたので、ちょうどいいやと思っただけなのだが。

 

 翌日、タナカさんは全身が包帯姿になってしまっていたが、パーティーを抜ける事が出来た事を素直に喜んでいた。ある程度、自分の意志で脱退を覚悟し、そして自らの力で戦った事で彼は幾ばくかの自信を手に入れたようだった。実際、病室で彼はとてもハツラツとした表情を浮かべていた。


 「ソメヤ君、マジでありがとう。でもさ、パーティーの連中?みんなケガとか大丈夫だったかな?」


 タナカさんはお人好しにも、昨日自分をボコボコにした連中の心配までしていた。基本的にこの人はとても優しい。だからこそ誰からも好かれ、誰かれも甘えられ、そして誰からも傷つけられるのだ。この人なら何をしても許してくれる。そんな感覚を持たせてしまうのだろう。事実、彼はきっと自分を捨てた7月2日組のツジ・アイリさんの事すら恨んでいないのだろう。


 「それにしても入院の手続きまで悪かったね。退院したらきっと恩返しするからさ。」


 「ええ、期待しています。だから、早く回復できるようにしっかり休んでくださいね。」


 そう言って僕は病室を後にした。

 この病院はシャロンさんに紹介してもらった個人医院なのだが、医院長がやはりシャロンさんのファンという事で店に来ていたらしい。僕は病院で会ってようやく思い出した程度だったが、非常に温和で紳士的な方だった。 

 病院は決して大きな施設ではないが、清潔感あふれるいい環境だと感じた。僕が気に入ったのは隣接して孤児院がある事だった。冒険で命を落とした冒険者達の遺児たちが多く集まっているという。子供たちの声はうるさいと感じる人もいるだろうが、個人的には傷ついた患者には癒しの一つとした非常に心地よく響くのではないだろうかと思った。子供たちにとっても病院が近い事は大きなメリットだろう。

 僕はそんな思いで廊下から望む孤児院の様子を眺めていた。そこでは子供たちが数人で元気に追いかけっこをしていた。一見すると彼らからは孤児であるという影の部分は見受けられず、その施設が彼らにとって暖かい場所なのだろうと感じられた。


 「やかましくてすみませんね。育ちざかりなもので勘弁してやってください。」


 そんな風に話しかけてきたのは医院長のガイガーさんだった。つまり彼がシャロンさんのファンの常連さんだ。ガイガーさんは僕の隣に来ると、しばらく窓の外の子供たちを見つめたいた。その表情は慈しみにあふれていて、それを見ただけで僕はどこか心が温まる思いだった。


 「いえ、僕も子供の声を聴くのは好きなので。」


 「そうですか。最近は近所迷惑だなんておっしゃる人もいましてね。なかなか運営も大変でして。」


 「えっ……、あの孤児院も医院長先生が経営されているんですか?」


 「いえ、いえ、私は管理を委託されているだけで、実際に経営されている方は別にいるんですよ。実際、何年も赤字経営なんですが、それでも続けて頂いているとても素晴らしい方がね。」


 ガイガーさんはやさしく笑う。


 「素晴らしい事ですね。」


 「私財をなげうって……」「親の愛を孤児たちに……」

 僕が過ごした児童養護施設のホームページ書かれていた文言だ。だが、実際にそこにいたのは利欲に奔走する理事長と、孤児たちを虐待する事でしか自身の立ち位置を認識できない職員たちだった。

 僕の仲間のある者は言葉をなくし従順な従僕と化し、ある者は精神を破壊され逃避、あるいは命を絶った。そして僕もまた従僕を演じた末に逃避した者のひとりだ。

 だからこそ、今孤児院の陽だまりの中で笑顔で駆け回る子供たちが、幸せであるのか否かは判断できる。幸せの有無を他人が判断する事の愚かさも十分にわきまえているつもりだが、それでも尚そう思わせる穏やかな空気がここは存在した。


 「何かお悩みですか?」


 ガイガーさんが不意に言った言葉に僕は苦い思い出から呼び戻された。


 「…そんな感じの顔をしていました?」


 「そうですね、職業柄ですかね、人の観察には長けてしまいましてね。」


 「悩み事か……。いろいろありすぎるのが最大の悩みかもしれません。」


 「ふふ、まぁ、何か困った時は声をかけてください。少しはお役に立てるかもしれませんから。」


 これもガイガーさんの洞察力の故か、彼は僕の心の機微を察したのかそれ以上は何も言わなかった。

 自分自身が経験した孤児院での思い出は、決して豊かな記憶ではなかった。だからこそ意識的に心の奥底に封印してきた。こんなにも慈しみの溢れる場所でそれが染み出してきたのはなぜだろう。僕は再びその記憶を押し込めた。それでも、いずれこの記憶と向き合う日がくるのだろうかと思った。そう考える事で、記憶の残渣物が脳内に依然こびりついているのを改めて知った。



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