第二章 20 対決
その日の「みずいろ庵」はいつになく、おっさん達で大盛況だった。だが、随分長い時間、にぎわう店内の一画で粘着質な憎悪を込めた視線が僕に纏わりついていた。
視線の主は言わずもがなな、「コウモクエンタープライズ」の御曹司一行の皆様だ。忙しい中、僕は無理を言ってそのテーブルにだけはシャロンさんに接客をお願いした。シャロンさんは察してくれているのか何も言わずに対応してくれた。あまり感心しない方法ではあったが、功を奏したのか彼らは最後まで静かに飲んで帰って行った。
ただ、それはそれでよかったのだが、僕は耳に入ってしまった彼らの発言から厄介な事を背負い込まざるを得ない事を悟り、ドッと気が重くなった。彼らの発言とはこんな内容だった……、
「で、猫共はまだ返事をごまかしてんのか。」
「ええ、クロエがどうにも首を縦に振らないらしいんですよ。」
「ったく、素直にジャンクスのモノになっちまえば借金もチャラだってのにな。」
「全くですよ、俺はあの店のババアがとにかく苦手で、取り立ても楽じゃねぇっすよ……。」
「あのイカレたジャンクスがいつまでも大人しくしている訳もねえしな……。」
こんな場所で話す内容か………。と軽く流したいところだが、そうもいかないと思ってしまうのが、偽善者たる僕の弱みだ。先日、彼らの中の一人が「猫の手本舗」で借金の取り立てらしき行為を行っているのを目撃したが、それを肩代わりとして「ジャンクス」なる人物がクロエさんを自分のモノにしようとしているという内容だ。しかもご丁寧に「ジャンクス」なる人物の危険性まで口にしてくれた。
ほんの少しの会話を交わしただけの彼女たちの身を案ずる。つくづく自分の偽善的な部分が嫌になる。放っておいて後からよからぬ事を知る。そう、ただそれが後味が悪いってだけの話。
話の内容的にタナカさんの件と同時並行で動くしかないようだ。それもこちらはある程度パーティーのみんな(女性達)には秘密裡に。
「あらあら、どうしたのソメヤ君、怖い顔して?」
そんな思索に更けていた僕は、どうやらそんな顔をしていたらしい。今日もまた閉店作業中にシャロンさんはキッチンから床のモップ掛けをしていた僕に笑いかけた。
「そういえば、今日ソメヤ君が私に接客をして欲しいって言ってたお客さん、あれがこの間話していたコウモクエンタープライズのお坊ちゃんよね。」
「ああ、すみませんでした。相当憎悪を込めた目で僕を見ていたので、シャロンさんで癒されてもらえればと思いました。……というか本当はイザコザを回避したかっただけなんですがね。」
「いいいのいいの、確かに他のお客さんに迷惑がかかると困るもの。まぁ、しばらくしたら飽きて来なくなるんじゃないかしら。あっ、それはそれで困るか。あはははは。」
無邪気に笑うシャロンさんを見て、あの男の粘質な視線を考える限り、飽きるなんて事は果てしなく皆無に近いと思わざるを得なかった。いずれにしろ「猫の手本舗」の件で彼らと揉める事は確かなだけに、なんとかシャロンさんに迷惑のかからない方法も考えなくてはと新たな課題が積もって行った。
「あっ?タナカぁ?今なんつった。」
果てしなく澄み渡る青空に似つかわしくないダミ声が響いたのは、タナカさんのパーティーが利用しているコウモクエンタープライズの寮の前の通りだ。彼らが今日もフィールドへ狩りに行く準備中の出来事だった。今日も変わらずパーティーの荷物のほとんどを背負わされていたタナカさんは、リーダーの男にパーティーを脱退すると唐突に告げたのだった。タナカさんを覗いてパーティーは7名の大所帯だ。その周りの男たちは一様にタナカさんの言葉に反応が出来ないようだった。
先日と同じように物陰からその様子を伺っていた僕とツボミさん、そして念のためのナガイ君も、あまりにいきなりの発言に面を食らっていた。もう少し、脱退を匂わせておいてから……、そんな寝技も使えんのかタナカさん、と静かにため息を付いた。
「あっ…、いや、だからこのパーティー止めるよ、俺。」
「俺の耳がおかしいのか?お前今、辞めるって言ったのか?このパーティーを?この俺のパーティーをか?」
長身のリーダーはタナカさんに近づき分かりやすく、物理的にも精神的にも彼を見下して言った。これは僕でもビビる威圧感だ。案の定ナガイ君の膝はガックガックだ。血の気も引いて今にも卒倒しそうな程だ。一方ツボミさんはますますやる気満々といった状況だった。改めてこの面倒くさいメンバーの面々に不安を感じるが、タナカさんは相変わらず順調にパーティーの面々の怒りのボルテージを上げて行っている。
「何、俺らの荷物を勝手に下してんだ?あっ?」
「ああ、ごめん。あっ!」
「あ~!てめぇ!リーダーの荷物に犬のウンコ付けやがった!」
先日、タナカさんの頭を叩いていた男が叫んだ。いろいろ含めて実にくだらないやり取りに辟易する思いだった。
「タナカ。お前、俺を馬鹿にしてんのか?」
「そ、そんな事ないよ、そりゃ、尊敬もしてないけど、馬鹿になんて。」
タナカさんも意外と「馬鹿力」を使いこなせるんじゃあないかと思う発言だった。完全に切れたリーダーは無表情で剣を抜いた。タナカさんは以外にも冷静に荷物の中から「お払い箱」を抜き放つ。それを見てパーティーの面々はゲラゲラと笑い出した。




