第二章 19 特訓
タナカさんが僕らの家に来たのは、それから3日後の事だった。タナカさんのパーティーの目を盗みながら、自然にタナカさんを呼び出す事が出来ずに時間がかかってしまったのだ。その日の彼は右目の上に青い痣を作っていた。誰もそれに触れなかったが、タナカさんの方からモンスターにやられたと下手なウソをついた。もし、今日ここへ赴く事が原因だとしたら……。だが、やはりそれを彼に聞く事は、より酷な事だろう。
「で、何?ソメヤ君が俺に話があるって?」
タナカさんは、以前ここへ来た時のひと時が本当に楽しかったと言っていたが、今日もせいぜい世間話で楽しいく過ごすような感覚来ていたのかも知れなかった。彼の現在の境遇を考えれば少しでもそんな時間を求めてしまうのは容易に理解が出来る。だが、僕は開口一番にそんな和やかな雰囲気を壊す本題を彼に告げた。
「タナカさん、今のパーティーから本気で抜ける意志がありますか?」
タナカさんは僕の言葉の意味をすぐには受け止めることが出来なかったのか、しばらくキョトンとした表情で僕を見つめていた。その表情が素になり、やがて薄い笑みに変わった。その笑みの意味が諦観によるものだとすぐに分かった。それほど色のない無味乾燥な笑みだったからだ。沈黙の中、僕は続けた、
「借金なら建て替える事が出来ます。返すのなんていつでもいいんです。問題は……。」
「うん。ありがとう。そうなんだよ、問題はあいつらのタチの悪さなんだよね。ほとんどチンピラ。そう考えると、なかなか難しいかな……はは。」
再び彼は空っぽな笑みを浮かべて何かを考えていた。
「戦ってみませんか?彼らと。」
僕の言葉にタナカさんはさらに意外そうな表情を浮かべ、何かを言いかけ再び言葉を失った。
「あ、あの……、タナカさん…、一緒に頑張りませんか?実は僕も同じような境遇からソメヤさんの力を借りて前のパーティーから抜ける事が出来たんです。だから……。」
抜けた後、すぐにその抜けた組織に入り浸りになったナガイ君の境遇と比べるのはいささか強引ではあったが、ナガイ君の言葉にタナカさんは心が動いたようだった。
「俺に…出来るかな…。はは、俺、戦うの得意じゃないよ。」
「それは問題ないですよ。ほとんど戦闘能力ゼロに近い僕が言うのですから、間違いないですよ。」
「それは、それで不安になる……かも。」
みんな、そんなタナカさんの冗談めいた言葉に笑ったが、タナカさんが本気で言ったのだと、発言の主である僕だけはしっかりと理解していた。
その日からタナカさんは数日間、時間を見つけては僕らと新アイテムの「お払い箱」の使い方の特訓を行っていた。この特訓に相手として付き合うのに際して気を付けなければいけない事、それは間違っても大事にしている自分の武器などを使用しない事だ。
この「お払い箱」とタナカさんが過去に経験した「お払い箱的な事柄」の親和性は、僕が想像していた以上の物だった。事実、中古で購入して置いた剣や槍などを使用してツボミさんとナガイ君にタナカさんの相手をしてもらったのだが、そのすべての攻撃をタナカさんは「お払い箱」を使用して防ぎ、武器をことごとく再起不能にしてしまったのだった。
確かにタナカさんが自分で言うように、彼自身の戦闘でのセンスは僕に引けを取らないほど最悪レベルだった。彼曰く、女の子受けしそうなサッカーやテニスなどのスポーツは得意だったが、基本的に運動のセンスはないそうだ。
ならば、戦闘においても「モテる」という動機づけをしてやればいいのだろうか。戦う動機が不純なナガイくんと同じタイプなのだろう。
……いや、動機が不純じゃあない男なんてこの世に存在するのか?などと自分自身を振り返る。
「ソメヤ君……、俺…少しだけ自信を持てたよ……。だってツボミさんやナガイ君って剣の達人なんだろ?あんなに激しい攻撃を全部防げるなんて……。信じられないよ!」
タナカさんは無邪気に嬉しがっていた。僕ももちろん嬉しかった。そして同時にひどく悲しくなってしまった。
「タナカさん……。グス……。つらい思いして来たんですね……。」
僕はタナカさんの両肩に手を置いて何度も頷いてしまった。
ツボミさん、ナガイ君は手を抜かずに全力でタナカさんを攻撃した。タナカさんはそれを完全に防ぎ切った。ナガイ君とは別のタイプの完全防御と言っていいレベルの防御力だろう。これはソードブレイカーである「お払い箱」がすべての武器を無力化した結果なのだが、その力の源泉はタナカさんがどれだけ人に「お払い箱」にされてきたかを如実に物語っているのだ。タナカ・コウキ……あなたの未来に幸あれ。僕は心の中でつぶやくのだった。
「ソメヤ君……、そんなに俺の事を心配してくれてたのか……。よし!俺は明日、彼らにパーティーの脱退を宣言するよ!事が起これば戦ってでも自分の権利を掴んで見せる!よ~し!やるぞぉ~!」
タナカさんは僕の涙目の意味を、完全にはき違えてやる気に満ちていた。結果オーライ。そんな言葉が僕の中でリフレインしていた。




