第二章 18 銀髪のクロエさん
「で、あんたはどの子にすんの?」
カウンターのおばさんが顎をしゃくって僕に言った。理性を制御するのは非常に難しい場所であることは確かだったが、後々メンバーにバレて白い目で見られるのはナガイ君だけで十分なので、凄まじく後ろ髪を引かれつつ彼の付き添いだと告げた。おばさんは無表情で「そうかい」とだけ言ってカウンターの奥の事務所へ入って行った。僕がさして広くもないホールで無念のため息をついていると、おばさんと入れ替わるように「猫又」であろう女の子が2人僕の所へやってきた。
「ねぇ、ねぇ、あなたは遊んでいかないって本当ぉ?どうしてぇ?」
白い毛並み?の女の子は猫が顔を洗うような仕草をしながら小首をかしげた。
「彼女さんに操を立てていらっしゃるとか?」
もう一人の猫又の子は光の反射でグリーンにも見えるグレーの毛並みだ。猫耳をピクピクと動かしている。女性うんぬんではなく、猫的な生き物として普通にかわいいと思ってしまった。
「ああ、いや、彼女なんて呼べる人は……、いないんですけどね……。」
「あ~でも、今考えた。好きな子いるんだね。どんな子、どんな子?」
再び白猫の子が無邪気そうに僕の腕を揺すった。確かに一瞬考えてしまったのだが、誰を考えた訳でもなかった。だが、自分の周りにそんな関係になってくれそうな子がいる事は心得ている。恐らく自意識過剰でもなければ、奢っている訳でもないだろう。ただ、こんな時明確に誰かの顔が思い浮かばない自分は気が多いだけなのだろうか……なんて事を少し恥じただけなのだった。
「そんなにお客さんを困らせたらあかんよ、ミネット、メル。」
そんなやり取りの中に入ってきたのは銀髪が腰まで伸びた背の高い猫又の女性だった。サッキュバスのメアリーさんばりのパーフェイクとなボディの持ち主だった。彼女の横では三毛猫チックな毛並みの女の子が「うん、うん」と頷いている。
「え~、クロエさんもリリーも気になるでしょ。ほら、この人なかなかかわいいよ~。」
「ほらほら、持ち場にお戻り、別のお客はんが来たらびっくりするではおまへんの。」
クロエと呼ばれた猫又が促すと他の子たちは「は~い」と聞き分けよく部屋へと戻って行った。クロエさんは振り返りざまに、
「えらい失礼しましたなぁ。でも気が向いたら遊びに来てくださいねぇ。」
と、流し目で僕に言った。とても妖艶なその姿を、変な感想だが僕はとてもかっこいいと思ってしまった。
しばらくすると何名かの来店があり、先ほどの子たちは次々に店の奥に消えて行った。クロエさんを指名たのはテンガロンハットをかぶった男だった。その特徴のある帽子を見て「あっ、この人『みずいろ庵』の常連さんだと気が付いた。相手は僕には気づかなかったようだが、クロエさんと一緒に店の奥へ消えていく、そのお客に僕は軽く嫉妬した自分を認め、僕は再び少しだけ自己嫌悪を感じた。
そんな感情を紛らわすため、そして手持無沙汰から僕はしばし店内にあった新聞を眺めていた。他にも知った顔が現れてもバツが悪いので顔を隠すという意味もあったのだが。そんな折り、再び入口の扉が開き人相の悪い男が二人、店内に入ってきた。またまた二人とも見覚えのある顔だ。世間、狭すぎじゃあないか?
「おい、ばばあ、今週の分取りに来たぞ。」
「今週はこれだけですよ。」
カウンターのおばさんは相変わらずの不表情で対応した。男の一人が手渡された麻の小袋の中を確認する。チャリチャリと音をたてるそれは恐らくゴールドコインなのだろう。
「ちっ、ノルマギリギリじゃねぇか。猫どもにもっと発破かけて稼がせろ!」
男が凄んだが、おばさんは全く動じない。
「あの子達は本当に一生懸命頑張っていますよ。あんまり無理な事言わないでもらえますかね。」
無表情の奥に確かな怒気が潜んでいたそのおばさんの静かな言葉は、逆に男達を怯ませた。男達はよく聞き取れない声でブツブツ言いながら店を後にしたが、新聞で顔を隠していた僕には気が付かなかった。男達は以前、『みずいろ亭』で僕に対して店を辞めろと凄んできた男、「コウモクエンタープライズ」の御曹司に付き従っていた2人だった。
新聞越しに彼らを見送っていた僕に気が付き、おばさんは、
「金でしか物事を図れない可哀そうな連中さ。」
とだけ言い残し奥の部屋へ戻って行った。
この街に来てかなりのフラグが立ってしまっていた僕は、これ以上は許容量を超えてしまうだろうと判断して後追いは止めた。しばらくすると奥からツヤツヤに血色のいいナガイ君が現れ、僕に対して謎のピースサインをした。
帰り道いつまでもデレデレして締まりのないナガイ君のお尻に蹴りを入れて、ささやかなストレス発散とした。そんな僕に戸惑いながらもナガイ君は何度も何度も、
「絶対内緒ですよ、絶対ですよ。みんなにも、ローズさんにも。お願いしますよ、ソメヤさん!」
と自己保身に走るエロ坊主にさらに蹴りを入れたのは言うまでもない。




