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第二章 16  常闇

 帰り道、僕とツボミさんはクレープを食べながら歩いていた。ナルコスの前でなんとか怒りを押しとどめたツボミさんへのご褒美として買ってあげたのだ。ツボミさんはオーソドックスなチョコバナナを選んだ。随分気分が良くなってくれたのはありがたかったし、とても可愛らしいかった。ちなみにどうでもいい情報だが、僕は小腹がすいていたのでツナチーズを食べていた。


 「あのさぁ……。」


 「うん?……。ああ、ナルコスの事かな?」


 「うん、相当嫌いみたいだから……、その……、原因というかは気になるよね。でも、話したくなかったら無理には……。」


 「タカキ君にはなんでも話せるよ。私の心は君の前ではいつでも全裸だからな……。まっぱだ、まっぱ。」


 などと、ツボミさんらしい独特な表現をしていたが、これは素直に信頼と好意を示してくれたと喜んでいいのだろうか。それにしても、もう少し奥ゆかしい比喩表現はなかったものか……。


 「そうだな、いくつか要因はあるんだ。そもそも私が父さんの件で周りからイジメられ始めたのもあの男がスタートだしな。だが、あいつは決して表には出てこないんだ。子供の頃、裏では私が阻害されるような状況をけしかけつつ、表では好意的に私に接して慰めすらしてくれていた。同じようにセイラちゃんに対してもそうだ。彼女も子供頃から私同様にイジメの対象だった。だからこそ、私もセイラちゃんも随分長い間、確かにあいつが言うように本当に親友だとすら思っていたのだ。」


 「完全にあの男の掌で踊らされていた……という流れか……。」


 僕の言葉にツボミさんは目を伏せて頷いた。


 「だが、それだけではないのだ、もっとも許せないのはオーちゃんに対してした事だ。」


 「オーちゃん?」


 「オーちゃんは私とセイラちゃんの幼馴染でね、オーロラ=コレラットという女の子だ。色白でとてもかわいらしい女の子だった。誰にでも優しかったが、特にいつでも周りから虐げられていた私とセイラちゃんの見方をしてくれた。それでどれだけ助けられたことか……。」


 ツボミさんは本当に悔しそうな表情を浮かべ大きく息を吸った。感情が高ぶったのか息が苦しそうだ。


 「12歳くらいの頃の話だが、オーちゃんはナコルスの事が好きだったんだ。もちろん仮面をかぶった虚像としてのナコルスがな。ナコスルもオーちゃんに優しく接していて、彼らの距離はとても近かった。誰もがとても素敵なカップルだと思っていた。そんなある日、ナコルスの財布が盗まれるという事件が学校で起こった。そして、あいつの財布はオーちゃんの鞄から発見された。オーちゃんはその日からドロボー扱いだった。子供の話なのに、周りはオーちゃんがナコルスに近づいたのはお金が目的だったなんて馬鹿げた噂すら流布し始めた。確かにオーちゃんの家が裕福でなかった事も事実だが、たかが財布を盗むために、ましてやあのオーちゃんがそんな事をするハズがなかったのだ。」


 「つまり、それも影でナルコスが糸を引いていたと?でも…そんな事をするメリットがどこに?」


 「それがあの男の恐ろしい『闇』なのだ。その行為に意味などないのだ、あいつはただどこかで人が苦しむ姿を想像して快感を得ているだけなのだ。この世に「不安」や「悲しみ」、「憎しみ」そう言った負の感情を生み出す事自体があの男の生き甲斐なのだ。そう、あいつのは『闇』などではなく『常闇』なのだ。明ける事のない夜、わずかな光すら存在しない永遠の暗闇なのだ。」


 僕はツボミさんのいうナコルスの『常闇』という表現が十分理解できた。自分自身そんな人間に散々出会ってきた事を思い出したからだ。確かにそのような人間がいる事は確かだ。他者との共感すら感じる事が出来ず、また罪の意識も欠如した人間。それは自己愛性人格障害者とも、サイコパスとも呼べる人種かもしれない。彼らの最大の特徴は圧倒的な「ナルシズム」と、それを維持し続けるための「虚栄と虚構」であろう。


 「でも、あの男がそんな人間だと、どうして気が付けたの?」


 「あいつの側にも良心の呵責に耐えかねた人間がいたのだ。その男の子は遠くの街に越していく前に私とセイラちゃんに、様々な出来事の裏側の中心に常にナコルスがいた事を告白してくれた。」


 「ツボミさんとセイラさんにって……、そのオーちゃんって子は?」


 「彼女はその出来事以来、部屋に閉じこもってしまい、誰にも会わずに1年後にはやはり『始まりの街』から出て行ってしまった。もう何年も会っていないが、彼女も冒険者になったと噂には聞いた……。」


 おそらくツボミさんは自分の事ならば、これほどの怒りと嫌悪感をあの男に向けることはなかっただろう。セイラさんともう一人の親友を傷つけられた事が彼女の怒りのすべてのようだ。ツボミさんらしいと言えばその通り理なのだが、僕自身も聞いた内容に吐き気がする思いだった。


 「まぁ、軽くタカキ君がやり返してくれたので、少しは溜飲が下がったがな。」


 「まぁ、ここで活動する限りこのまま終わりって事はないだろうけど、今後は僕がツボミさんとセイラさんには手出しさせないから安心して。」


 何気なく言った言葉にツボミさんは過剰に反応して……なぜか、僕に抱き付いた……。


 「えっ……、ツボミ…さん?」


 「かっこいいぞ!タカキ君!うれしいぞ!」


 そう言って目を潤ませた。仕方がないので少しだけ放置したのだが、僕の一張羅のピザ屋のユニホームにチョコバナナのクレープが染みて行くのを、僕はただ見つめているしかなかった。


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