第二章 11 7月2日組のタナカさん
バイトから帰り、自宅の玄関のドアを開きながら、今日の昼間、バンパイアのフィールドで例の幼馴染の男ナコルスを見かけた事をセイラさんがツボミさん報告し、ツボミさんはさぞ怒り狂っているのだろうなどと考えていた。
「やぁ、おかえり。」
と声をかけてきたのは居間まで続く廊下を歩くツボミさんだった。さわやかな笑顔だ。
「うん、ただいま。」
あれ?セイラさん話していないのかな?と思ってツボミさんの表情を伺っていると、思いがけないような言葉が返ってきた。
「タカキ君に来客だぞ。」
「えっ?お客さん?僕に?」
「ああ、今日フィールドで会ってね。居間で君を待っているからすぐに行ってあげてくれ。」
このファーケンの街で僕に会いに来る知り合い?全く心当たりがない。そんな事を考えながら居間へ入ると、ソファに日焼けした肌に無精ひげを蓄えた青年が座っていた。
「や、やあ、ソメヤ君久しぶりだね。」
力なく青年は僕に手を上げた。僕はすぐに彼が誰なのか分かった。それもそのはずで自分が知っている彼とは、随分その容姿が変化していたからだ。ただ、元々コチラの世界の知り合いなどたかが知れている。
「タナカさん……、ですよね……。なんだか感じ変わっていてすぐには分からなかったですよ。」
彼は僕が初めての街で出会った最初の人間のひとり、7月2日組のタナカ・コウキだった。彼のイメージは「爽やかなイケメン」というものであったのだが、今目の前にいる彼はなるほど容姿については整った男前だが、日焼けした肌は健康的という言葉とはかけ離れ、疲労感が張り付き、頬はこけ、まばらな髭が哀愁すら感じさせる。
「ああ、ここのところ仕事……、まぁモンスター狩りだけどね、随分忙しくてね。休みもないから……。」
力なく笑うタナカさんの姿を見て訳ありそうなのがすぐに感じられた。そして僕にどこか申し訳なさそうにほほ笑むシノハラさんを見る限り、僕にどうにかしろっていうトコロだろう。
それはそれでいいのだが、タナカさんを見て僕の脳裏にまず初めに浮かんだのは、今では始まりの街の英雄の一人と言っていいだろう底なしに馬鹿で陽気な勇者の顔だ。
「タナカさん……、あれから…7月2日組を抜けてからどうしていたんですか?というか、なぜミシマさんを見捨てたんです……。」
会っていきなりの内容にシノハラさんが割って入ろうとしたが、それを制して僕は彼の答えを待った。
「ミシマさんさ……、変な組織に騙されて金品要求されててさ……。ヤマシタってヤツいただろ、あいつが最初に巻き添え食う前にパーティー抜けるって言いだして。正直俺も怖くなって……、それに彼女……ああ、ツジ・アイリの事だけど……、彼女も怖いって、逃げようって……。それで……。」
タナカさんは落ち着きなく指を動かしながらつぶやいた。
「その後、俺とツジは別のパーティーに入れてもらったんだけど、そこがそこそこレベルの高いパーティーで、すぐにゴーレムを倒してこの街に来たんだ。この街でもいろいろあってパーティーは解散。俺は実力もないままここへ来ちゃったからさ……、今のパーティーで雑用みたいな事しているって感じさ……。」
そう言って彼は自嘲を帯びた笑みを浮かべた。
今日はシノハラさん、ツボミさん、ナガイ君、フクスケで「ゾウチョーエンジニアリング」の管理するフィールドの調査に行ってもらっていた。そんなシノハラさんに後から聞いた話だが、フィールド上でタナカさんがシノハラさんに声をかけてきたのが始まりらしい。シノハラさんもはじめタナカさんの変貌ぶりに本人だと気が付かなかったらしいが、彼の仲間が名前を呼ぶのを聞いて認識できたらしい。
彼女の話ではタナカさんが先ほど口にした「パーティーで雑用」という言葉とは少し違う印象を受けた。彼はパーティーの中で明らかに虐げられたいわゆる使いっぱしり的に扱われていたそうだ。怒鳴られ、叩(はた)かれその扱いは見るに忍びなかったという。
そんな状況を目の当たりにして、シノハラさんはフィールドの外で彼の戻りを待ち、僕に会いに来るように誘ったのだという。
だかこそ、心身ともに弱っているタナカさんに対して、僕が追い打ちのように厳しい言葉を投げかけた事にシノハラさんは狼狽していた。
「ツジさんは一緒なんですか?」
「あの子はもういないよ。前のパーティーが解散した時ナントカっていうこっちの世界じゃ有名らしい勇者に気に入られてついてったよ。ひどいもんさ……。」
タナカさんは苦々しく言った。空気を読まない(読めないのではなく、あくまでも読まないだけだ)僕はさらに突っ込んで聞く。
「勇者について行った……、つまり?」
シノハラさんだけでなくナガイ君までオロオロと落ち着きをなくしている。
「えっ?」
「だから、つまりタナカさんはツジさんに?」
「ああ……。うん、そうだよ、捨てられたんだよ……。」
「それはキツい思いをしましたね……。」
「えっ…、うん。そうだね。」
シノハラさんとナガイ君だけでなく、セイラさんとツボミさんも僕の真意がつかみきれずに僕の表情を探っていた。
「今ならあの時のミシマさんの気持ちが分かるんじゃないですか?」
「ソメヤさん!そんな事今言わなくても……。」
溜まりかねてシノハラさんが僕を諫める。だが、僕は仮にこれからタナカさんの力になるのだとしたら、やはりこの件だけは避けたくなかった。
タナカさんは本当に悲しそうな顔をしてミシマさんに申し訳なかったと口にした。僕はその態度から彼の後悔の気持ちを読み取り、同時に力になってあげたいと自然に思えた。
「ミシマさんは今どうしているの?」
タナカさんは実はずっとあの後のミシマさんの状況を気にしていたのだそうだ。不真面目なところは多かったが、実際は気のいいお人好しな人なだけに騙され続けているんじゃないかと思っていたようだ。
「ミシマさんは今では始まりの街では結構な有名人ですよ。街の危機を救った英雄としてね。今はサッキュバスが経営するお店の警備を任されていて精力的(まさに文字通り)にがんばっていますよ。」
「へぇ……、そうなんだ……。すごいなミシマさん……。頑張ってるんだなぁ……。」
タナカさんは安心した表情をして笑った。ミシマさんの現在の状態を知って少しだけ心の重みが取り除かれたのではないだろうか。
「あの……、タナカさん…。その今のパーティーってあんまり感じ良くないように見えたんですけれど……。」
ふいのシノハラさんの言葉にタナカさんは小さくため息をついた。
「うん……、正直あんなとこ辞めたいんだけどね……。なかなか抜け出せなくて……。パーティーに拾われた時にリーダーに借金しちゃってさ……、正直食うにも困ってた状態だったからさ……。この街って、ワーキングプア製造装置なんだよ、管理会社のさじ加減で朝から晩までモンスター狩りしたり、逆に何日もフィールドに出られなかったり。情けない話、日々生きるのに精いっぱいでさ……。はは、なんかごめん……暗い話して。」
この街へ来た時に僕達が感じた活気のなさ、元気のなさの原因のひとつが、今のタナカさんの言葉の中に見えた気がした。ファーケンを「黄昏の街」と呼んだのは彼のような冒険者なのだろう。
タナカさんとそんな現状の話をした後は、話題を変え他愛のない内容の話に終始した。セイラさんの入れた紅茶をとてもおいしそうに飲んだタナカさんは時折笑顔を見せてくれた。こんなささやかな時間を彼は本当に楽しんでくれたようだった。帰りに彼は「また来ていいかい?」と随分遠慮気味につぶやいた。当然僕達は快く「いつでも」と答えた。




