第二章 9 ふわふわ
ヴァンパイアなのか?そんな思いが脳裏をよぎり、緊張感が最高潮に高まり心臓がバクバクと音を立てた。だが、僕は振動の震え、そして自身の心臓の鼓動とは別の震えと心音を感じていた。
セイラさんだ。
彼女は小刻みに振るえ、背中越しにも彼女の心臓が凄まじい早さで音を立てている事に気がついた。彼女も冷静さを取り戻し恐怖しているのだろうか。僕は小さく震える彼女にこれ以上恐怖を感じさせないように、彼女に回した腕にチカラを入れ、耳元で大丈夫だからと囁いた。
すると彼女はさらに小刻みに振るえ始めた。様子を伺おうと顔を覗き込むと彼女の頬は真っ赤に染まり、うっすら涙さえ溜めていた。
「?、セ、セイラさん?」
小声で彼女に様子を訪ねる。
「ソメヤさん……、冗談でやっているんですか?真面目にやっているんですか……グス。」
「えっ?」
という回答とともに今度は僕の顔が蒼白となる番だった。羽交い締めにしたその際に僕はセイラさんの胸を鷲掴みにしていたようだ。しかも後ろから羽交い締めにして、横たわっている状態で、彼女のお尻に僕の下腹部が密着している状態だった。しかもよりによってセイラさんは今日ミニスカートをはいていた。少しめくれ上がったスカートと膝上のソックスの間のふとももの白に思わず喉が鳴った気がした。
彼女の体の震えも、鼓動の速さも足音を轟かす外敵に由来するものではなく、僕によってもたらされたものだったようだった。
こんなヤバい状況下で僕が初めに考えた事は、情けない事に「なんてふわふわして柔らかいんだ……。」なんて事だった。それでも後ろ髪を引かれつつも、僕はゆっくりと柔らかな彼女の胸から指を離しながら、これは完全に不可抗力である事を告げ、言い訳がましく謝った。だが、離したその僕の手をセイラさんは震える手でつかみ再び胸の辺りで強く握りしめた。
「あ、あの…。」
僕のトンマ声にセイラさんはか細い声で答える。
「あの足音はきっと走竜のものです。という事はあれはヴァンパイア様のものではありません。彼らはそんなものに無粋に股がったりしないからです。なので……、他の外敵という事ならやはり少し怖いのです。だから……。」
改めて自分が包み込む柔らかな存在に、明らかに先ほどとは別の種類の鼓動の速さを感じる。なんというか、自分という人間はなんとも浅はかで、女性に対してある種「だらしない」と言われても仕方ないと強烈に反省する。だが、やはり心地よい。つい肺いっぱいに目の前のいいにおいを吸い込んでしまう。
だが、そんな「ふわふわ」としたやり取りの中、いよいよ砂埃の正体は僕らが身を隠す岩場の辺りを過ぎ去ろうとしていた。僕は瞬間冷静さを取り戻し、セイラを抱いたまま身を起こし岩の隙間からその轟音の主を覗く。やはり馬をもしのぐ巨体の竜が数頭疾走して行くのが分かった。当然、騎手を乗せているわけだが、それぞれが冒険者風のいでだちをしていた。当然と言っていいのか知った人物はいないようだったが、その中の一人を見たセイラさんは小さな声を上げた。当然疾走する複数の走竜の足音によってその声はかき消さ、極端に密着している僕意外にそれに気がつきようもない。
次第にその轟音が遠ざかるに連れて、僕は緊張感が緩和して行くのと同調しセイラさんを拘束させていたチカラも緩めた。
「あの…、無理矢理すみませんでした……。」
僕は少なからずエロい感情を持ってしまった事を自戒しながら彼女に改めて素直に謝った。これはどれほど呪われる事かと覚悟していたのだが、セイラさんには僕以上に呪いたいヤツがいたらしい。
「まぁ、それについてはおいおいお話しましょう。それよりあの中にナルコス・ヴァーデンバーグがいたのです。その事との方が今は重要です。なぜ、あの男がヴァンパイヤ様のフィールドに……。気になります。」
「ああ、ナルコスってセイラさんとツボミさんの幼なじみとかいう。確かに気になるね、少なくとも10騎以上はいたもんね。あれだけ大人数でフィールドに出るってあまりないしね。」
「まさか、あの野郎ヴァンパイヤ様を狙っている訳じゃないでしょうね!」
「あの野郎って……、相当嫌いなんだね、その人の事……。でも、仮にそうだとしてもヴァンパイヤ専門のハンター達が手こずっているんなら普通の冒険者がおいそれと手を出せるレベルの存在じゃないでしょう。」
「それはそうかもしれませんが、ヴァンパイヤ様に楯突こうってだけで呪い殺したくなりますよぉ。」
なんて恐ろしい内容の発言を、セイラさんは頬を膨らませながら言った。ギャップ萌えだなこりゃ。
「なんにしても取りあえず隠れたのは正解だったね。」
「……。」
「ん?」
セイラさんの無表情に僕は一瞬身構える。
「まぁ、正解だったかもしれませんね。でも、それについてはやはりおいおいお話させて頂きます。」
と言ってセイラさんは胸を隠す仕草をした。一気に喉が乾く。状況が状況とは言え、不可抗力だとは言え、形的には無理矢理押し倒して背後から拘束して胸を揉みしだいた事実は変わらない。僕の脳裏に他のパーティーの面々の顔が明滅した。
「ソメヤさん!」
セイラさんが改めて僕の正面に立ち、肩に両手を置いて言った。
「もちろん、ちゃんと装備を整えてですが、このフィールドの最深部に冒険、絶対行きましょうね!約束してくれますか!」
「これって脅迫?」
「何がですか?」
「あっ、いえ……。う、うん、そうだね。僕はそのつもりだよ、うん。」
などと動揺して適当な事を言ってしまった。この発言が後にとんでもない結末を引き起こすのだった……的な事になるんじゃないかと、すぐに後悔したが、目の前でキャラにない全力のガッツポーズを決めて、「しゃーっ!」なんて叫んでいる、アクティブな魔女を見て後戻りが出来ない事を悟った。




