第二章 8 闇ガール
「じゃあ、ツボミさんの件と合わせて、すでに私達2つのフィールドで活動出来ないって事ですよね。」
とお土産のイチジクパイをフォークに刺したシノハラさんが言った。
「……まことに不徳の致すところです。」
先ほどの「コウモクエンタープライズ」の御曹司に絡まれた件を話すと、みな一様に「またソメヤさんが余計な事言ったんじゃあないんですか?」と、まったくその通りの事を言った。当たり前のように言われたので非常に心外ではあったが当たっているだけに、心の中で「ぐぬぬぬぬ」としか唸れない。
この街に来て今日で3日目。確かにそんな短時間で使用出来るフィールドが2つも選択肢から除外されてしまったのだ。そんな冒険者は当然前代未聞だろう。やっぱり自分はそういった境遇の元に生まれたのだと改めて思うのだった。そんな事を考えていると気持ちが落ちる一方だったので、僕は意識的に話題を変えた。
「で、今日はどうだったの?『ジコクコポーレーション』だっけ?」
昨日に引き続き、僕以外のメンバーに別の管理フィールドへ赴いてもらっていたのだ。
「正直、なんの面白みもないとしか言いようがないな……。」
ツボミさんの感想だった。やはり決められた範囲であらかじめ決められた数のモンスターを狩る。それはかなり作業的に行われるそうだ。そんな中ナガイ君の発言が非常に印象的だった。
「なんていうか工場の流れ作業みたいな感じで、決まった事をただ確実にこなすっていう感じでした。」
僕は以前始まりの街の案内所のポルックスさんと話した内容を思い出していた。冒険者達の本当の目的が日々モンスターを倒す事、それ自体ではないかという疑問についてだ。まさにこの街のシステムはその目的を達するためには最適化されたシステムにも思える。そんな事を真剣に思案していた僕に陽気に声をかけてきたのは………、
「ソメヤさん、今朝話した事考えていただけました?」
セイラさんらしからぬ少し高い声色に調子が狂う。今朝出かけにセイラさんはこんな事を目を輝かせながら言ったのだった。
「早くそのヴァンパイア様が出現するというフィールドへ行きたいのです!」
ヴァンパイアが出現するフィールドがあると話したのだから、彼女がそう言うのは当然の帰結とも言えるのが、今日は僕がバイトの面接に行くからと伝え、どうにか誤摩化してみんなと管理フィールドへ行ってもらった。だが、確かにいつまでも誤魔化しきれるものでもないだろう。
僕は先送りにしても同じ事だと思い、明日セイラさんを伴いヴァンパイアの統べるフィールドへ再び赴く事にした。
「やった~っ!ソメヤさん大好きです~!」
そう言ってセイラさんは機嫌よく自室へ戻って行った。リビングではその後のシノハラさんと、ツボミさんの機嫌がひどく悪かったのはどうしてだろう。
次の日、ツボミさん、ナガイ君、シノハラさん、フクスケには引き続き別の管理フィールドの調査をお願いしていた。「コウモクエンタープライズ」は昨日の一件で出禁になってしまったので、残る「ゾウチョーエンジニアリング」の管理するフィールドだ。フクスケはともかく残る三人は見るからにつまらなそうに出かけて行った。まぁ、他ときっと大差はないんだろうなとは思うが……。
一方、セイラさんは本当に朝から機嫌がよく、彼女と出会った頃のさんざん僕を呪っていたあの日々は何だったのだろうかと思わせるほどであった。みんなも出かけに少し引き気味だったのだが、普段はほぼすっぴんのセイラさんがなんとお化粧を施していた事だ。意外とそのテクニックは巧みなようで、なかなか自然でかわいらしい。
服装は普段通りのダークな感じで、……彼女曰く「闇ガール」だそうだが(森ガールみたいに言うなと正直思う……)、黒を中心としていた。だが、明らかにいつもより短いスカートに……、なぜかニーソックスを合わせ男受けが良さそうな仕様になっている。一体この「闇ガール」は何を目的にフィールドへ赴くつもりだろう。
そんな変な感じで訪れたヴァンパイアフィールドは、今日も砂塵が吹きすさびひどくうらぶれた印象を保っていた。家を出た時は本当に気持ちのいいくらいの晴天だったのだが、そのギャップにすでに僕のテンションはだだ下がりだった。
「おお……、うん。なんとなく想像とは違いますね……。もっとこうなんていうかウエット感のある、陰鬱さを期待していたのですが。随分とカラカラの気候といい、陰鬱というよりは零落というか……。」
セイラさんの言葉を聞きながら僕は周囲をキョロキョロと伺った。当然、先日の地面に横たわるおじさんを捜していたのだ。が、どこにも見当たらなかった。今日は何処で寝ているやら。
「どうしたのですか、ソメヤさん?キョロキョロと。生きているだけでタダでさえ怪しいのに、ますます変質者に見えますよ。」
「生きているだけでって……えっ?でも、なに?僕ってセイラさんの目にそんな風に映っていたの?」
「まぁ、そうですね。いわゆる変態という言葉はソメヤさんを言語化した言葉のようにすら感じられますよね。」
「おっ……。そ、そうかぁ……、ぼかぁ……変態かぁ……。」
遠い目で僕は砂塵で定かではない地平線に目を向ける。変態ってのも反論の余地がないからな……。
「そんなに落ち込まないで下さいよ。変態も変質者も広義で言えば闇属性の眷属です。まぁ、私は嫌いじゃないですよ。」
などと、いつになくはしゃぐ魔導師はケラケラと笑いながら周囲を探検し始めた。
嫌いじゃないですよ………か。変態が?僕が?
そんな事を考えていると、ぼんやりとした地平線からもうもうと、砂塵とは明らかに濃度が違う砂煙が立ち上り、明らかにコチラに近づいて来た。すぐに緊張感が全身を包み込む。このフィールドのこの辺りに出現するのはせいぜいグレムリンやゴブリンの類いだと聞いて入るが、土煙の勢いはそのような小型のモンスターが立てるようにも思えなかった。
セイラさんもそれに気がつき、事もあろうかヴァンパイアを想起したのであろうか、その方角に手を振る始末だった。僕はあわてて物陰に隠れるためにセイラさんを羽交い締めにして引きづり始めた。
「ちょっと、ソ、ソメヤさん何をするのですか!」
「あのね、セイラさん!正体も分かんないモノを見て、一人でワクワクして軽率な行動に出るのは謹んでくれませんか!ヤバいモンスターとかだったらどうするのっ!」
セイラさんは尚も僕の拘束に抗いながら、土煙の方角に手を振り続けていた。僕はこのおバカな魔導師を止めるために両手諸共にセイラさんを羽交い締めにし、さらに無理やり持ち上げてその場を離れた。そのまま岩陰に押し倒し身を潜める。セイラさんは諦めたのか、ウソのように抵抗を止め静まり返った。
さらに砂埃の正体が近づいてきたのか、足音が轟々と地面を叩き岩陰の僕の体にも振動が伝わった。その規則的な音の律動から、はじめ馬の足音かと思ったが、近づくにつれそれよりも巨大な生物の足音だと思われた。始まりの街でも数回見た事があったが、移動手段として調教されたドラゴンである「走竜」だろう。その振動はさらに激しさをまし、僕達が立っていた場所に近づきつつあった。




