第二章 7 みずいろ庵のシャロンさん
「ええ、求人はしているわよ。でも、あなた……。」
「大丈夫です。召喚者ではあるんですが、訳あって現在職に就いておりません。」
先日パーティーのみんなが訪れていた、近所のカフェ『みずいろ庵』の店先に貼られていた求人広告を見て、僕は早速バイトの応募に行っていた。先に客として来店していたのだが、店の雰囲気、コーヒーと軽食の味、そしてなによりも店主のシャロンさんの人柄の良さを感じ、この街でのバイトはここにしたいと思っての応募であった。あくまでもシャロンさんの人柄に惹かれたと協調しておきたい。そりゃ、シャロンさんは相当に美人なのだが……。
「う〜ん、それで飲食店での経験とかあるのかしら?」
「かなり豊富にありますよ。先程拝見したメニューの中で作れないのは1つか2つくらいですし、接客も無難にこなせる自信はあります。」
シャロンさんはしばらく考えてから、表情を緩めて、
「そうね、なかなか応募もないし、お願いしようかな。」
と僕の採用を決めてくれた。かくして、僕のバイト生活は割とあっさりと再開されたのだった。
『みずいろ庵』でのバイト初日。
ここの主な客層はやはり多くの冒険者達だった。当然男が圧倒的に多い。つまり彼らの多くの目的はシャロンさんの笑顔という事になる。
これほどオシャレなお店だというのに、主要な客がむさい男達という事で、女性が寄り付きづらくなっているそうで、シャロンさんの悩みのタネの一つのようだ。
「おい、キミ!うまくバイトに入り込みやがって!シャロンさんにちょっかい出したらただじゃおかないぞっ!」
なんて事を初日から言われる始末だった。中にはあからさまにシャロンさんを口説く強者もいたが、その都度うまくかわされていた。僕はその様子が非常にスマートに感じられて、とても感心した。
「ごめんなさいね、バタバタしたお店で。それにしてもソメヤ君お料理が上手なのでびっくりしたわ。」
閉店の後片付けの中で、シャロンさんは柔らかく笑って小首をかしげて言った。サラサラとした金髪が揺れてほのかにいい香りが漂い、僕はこの店に群がる男達の心情が分かり過ぎる程に分かった。シャロンさんは帰り際に余り物の商品のイチジクのタルトをお土産に持たせてくれた。僕はみんなにも食べさせたくて足取りも軽く、帰路を急いだ。
「おい、お前。」
店から家まではほんの数分の距離なのだが、そんなつかの間の浮かれ気分を削ぐ野太い声が背後から僕を呼び止めた。予想しない訳でもなかった事態が実際に起こり、心からうんざりとしながらゆっくりと振り返った。
ああ、見覚えある。店にいた人達だよ。
「ったくよ、気にいらねぇんだよ、ポッと出でシャロンさんと親しくしやがって。」
3人の剣士風の男達の先頭にいた小柄な男がニガニガしく言い放った。ここはシャロンさんに習ってスマートな大人の対応をしないとな。一応お客さんだしな。なんて事を思案していると、そんな対応を取りづらい事を彼らは口にした。
「お前、みずいろ庵止めろ。目障りだ。言っている意味分かるよなぁ?」
とお決まりの威嚇のポーズである指を鳴らすしぐさをした。実際には大した音もせずに他の男達が苦笑していた。男は咳払いをして他の男達を制して、尚も指の関節を鳴らそうと試みた。先程の「ペキ」どころか今度は「グニュ」という音が情けなく鳴り、僕は必死に無表情を維持する事だけに全神経を集中した。大人の対応だ。
「申し訳ありません、そんなつもりはまったくないのですが、いやな思いをさせてしまったとしたら本当にごめんなさい。でも、すぐにはバイトを止める事はできないんです。僕、とても貧乏ですし、家にはお腹をすかせている仲間もいますし……。すみません。」
僕の大人の対応に(大ウソなんだけど)男達は、少しだけ態度を軟化させたようだった。こんなヨタ話に同情してくれるなんて、意外といい人達なのかなんて感じていると、徐に「みずいろ庵」の扉が開きシャロンさんがコチラに走ってくるのが見えた。男達はその光景を見て緊張してその場に棒立ちとなった。シャロンさんは周りの男達に軽く会釈をした後、僕に向かって笑顔で、
「ソメヤくん、お財布忘れてたわよ。なんだかお財布パンパンね。お金持ちなんだ、ソメヤくんってば。ちゃんと管理しておかないとドロボーしちゃうぞっ。じゃ、また明日ねっ。」
と言って人差し指で僕の鼻を軽く押して去って行った。翻った彼女の柔らかい微笑みに、男達はもちろん僕も「何か」を十二分にドロボーされちゃった気がした。
だが、そんな淡い雰囲気はほんのつかの間で、当然我に帰った男達は僕に向かって怒りをぶつけた。
「てめぇ……、十分に金ありそうじゃねえか……、しかも……、く〜、シャロンさんにあんな事されやがって。」
男は本気で涙目で悔しがっていた。回りの男達も同様に子供のように口惜しさを露にし、僕をドン引きさせた。
「俺等はあの店にもう1年以上も通ってんのに、注文以外話した事もないんだぞ、それを始まりの街から来たばかりのお前みたいな小僧が……、ぜぇ〜ったい許さんっ!」
にしても、面倒くさい。男達のくだらなさに僕は急速に冷めていく。どう考えても「大人の対応」をして切り抜けられる状況ではないと判断して、いつも通りの「大人げない対応」を僕は始めた。つまり理詰めで攻めるいつものパターンだ。
「確かにウソをつきました。それについてまずは謝罪します。すみませんでした。」
静かに頭を下げて心を込めて謝った。……その上で。
「ですが、なぜ僕があなた達に嘘をつくに至ったのか?それはあなた達と無益な衝突を避けたかったからです。なぜ無益だと思うのか?それは僕がバイト始めた事と、あなた達がシャロンさんと親しくなれないと嘆いている原因は全く関連性がないからです。
いいですか?よく考えてみて下さい。仮に僕がバイトを始めなかったとしましょう。その状況で仮に数週間、数ヶ月の月日を経たとして、果たしてあなた達はシャロンさんと望むような関係性を構築し得たでしょうか?ゼロだとは言いません。ですが……、そう、今あなた達が心の中で思った通り、極めてその可能性は低かったと言えると思います。
つまり、僕という存在自体は、あなた達の欲求を満たす、満たさないになんら影響を与えないのです。あなた達が僕に難癖を付けたのは正直無意味。だからこそ僕はその状態を「無益」と呼び、その「無益」を回避するために嘘をついたのです。ちなみに「無益」の類語として「虚しい」「不毛」「下らない」なんてものがありますが、どう言い換えてもいい意味に解釈する事は難しいのです。要するに僕の嘘は肯定されるとは言わない迄も、完全に否定する類いのモノともいい切れないのではないかと解釈しています。以上です。」
まくしたてる僕に場は完全にシラケまくっていたが、先頭の男は顔を引きつらせながらも涙目でこんな事を言って来た。
「なんてひどい事を言いやがる……。でも、なんで俺はシャロンさんと親しくなれないんだ……。」
根が素直な僕はここでは嘘偽りなく本当の事を彼に告げた。
「たぶんですが……。」
彼はベソをかきながら僕の発言に注視した。
「顔?」
彼は発言の衝撃に打たれ失神してしまった。仲間の男達は倒れた男を坊ちゃんと呼び、2人で抱えた。なんでも彼はこの街のフィールドの一つを支配している企業「コウモクエンタープライズ」の御曹司だそうだ。
「お前、坊ちゃんにこんな仕打ちをしてタダで済むと思うなよ!もうウチのフィールドにゃ入れないからな!」
こんな捨て台詞にまたひとつ、くだらないトラブルを抱えてしまったと頭をかくしかなかった。




