第二章 5 荒野のおっさん
ファーケンの殺風景な町並みに比例するかのように、僕とシノハラさん、フクスケが降り立ったフィールドは昔の西部劇に出て来そうな乾燥し、灌木しか生えていないような荒涼とした大地が広がっていた。
「この時点ですでにテンションが下がりますね……。」
シノハラさんの素直な感想に、僕もフクスケも頷くしかなかった。
「で、フクスケ、君の感想は?」
フクスケはつぶらな瞳で吹きすさぶ大地を眺めながら、
「このファーケンの街は限りなく円形に近い形状をしています。その円形の街を八つに区分していますよね。借りに八つのフィールドの面積がほぼ当分に近く区分されていたとして、放射線状に伸びた各フィールドの面積は街から離れるのにしたがって広大になっていきます。このフィールドの存在意義を考えるならば、まずはフィールド深く迄入って行く必要がありますね。その先に一体何があるか?知りたくなります。
また、常識的に考えて、ファーケンでの最終目的の『四獣』はフィールドの最深部にいるでしょうから、当然フィールドを行き来出来ないようフタのように最深部にも結界が張られているでしょう。ただ、この管理外のフィールドに行き止まりがあるかないかも、一度調査してみたいものですね。」
「だよね。どう考えてもこの管理外のフィールドの方が魅力的に映るもんね。」
フクスケが同意してにっこりと頷いた。それを見て怪訝そうなシノハラさんは、
「でも、弱いモンスターしか出ないって言うし、何が2人ともそんなに魅力的なんですか?」
「それは、誰もやってなさそうだからだよ。」「それは、誰もやってなさそうだからです。」
僕とフクスケのシンクロした言葉に、シノハラさんがいつもの呆れ顔を浮かべながら、
「本当にそういうトコそっくりですね。」
と言って笑った。
「あと、さらにもういっこ言えば、この拝金主義的なシステムな街で、2つの不毛な土地が存在する違和感があるよね。つまりこの土地では、言うなれば『商売』が出来ない理由が何かしらあると。こりゃ、完全にこのフィールド怪しいよね。」
僕はこの何もなさそうなフィールドに妙な刺激を感じて、いつになく興奮気味に言った。しかし、その発言に答えたのはシノハラさんでも、フクスケでもなかった。
「あんまり感心しないね〜、そういうの……。」
僕は先日、ファーケンに入る前にヴァンパイアのレベルの接近に全く気付けなかった出来事を思い、再び戦慄した。今また、まったく接近に気付く事なく僕達は背後から声をかけられたのだ。極度の緊張感の中ゆっくりと振り返ろうとする。まったく同じような表情をしたシノハラさんと、フクスケと目が合う。そして振り返った先には………。
「ああ、そんな緊張すんなよ、別に怪しい者じゃない。」
そこにはカーキ色のつなぎを来た全身ホコリまみれの、見るからに怪しげな男が、まるでテレビを見る週末のお父さんのように、頬杖をつきながら横寝でこちらを呑気に眺めていた。
「十分怪しいと思われるあなたは一体……、そこで何をなされているのですか……?」
僕の質問に男は真剣に考えながら口を開いた。
「長期で言えば別に何もしていなかったな。ちょい寝転んでただけだな。短期、つまりお前達が来てからとなるとちょっと事情は変わって、そこのお嬢ちゃんのお尻を眺めていたってところか……な?」
シノハラさんが全身振り返って男からお尻を隠す。
「あれっ?なんだ可愛いなお嬢ちゃん。いいもん見た気がするわ〜。」
「あっ、あんた何言ってんですか!失礼でしょ初めて会う人間に!」
僕の言葉におっさんは(と言っても無精髭面とは言え30代くらいか)笑って、冗談だと言って謝った。
「まぁ、本当に何してたって訳じゃなくてな、俺はホームレスみたいなもんで、このフィールドでダラダラ暮らしてんだ。で、まじでゴロゴロしてたらお前らが来たってわけだ。」
「ホ、ホームレス?っていったってこんな不毛な土地でどうやって生きているんです?」
「うん?ああ、ここにもネズミやウサギみたいな小動物がいるからな、適当に食ってるよ。」
なんと、この世界でシステムに同調せずに生きている人を始めて見た気がする。モンスターを狩らずに動物を狩って生きていると……。ってそんな事はこの際どうでもいい。
「で、感心しないってのは何故ですか?」
「お前さんが言っていた通り、ここともう一つの不毛なフィールドの最新部にはヤバいもんが巣くっているって事さ。いいか、好奇心は人にはなるほど必要だろうさ。だが、時にその好奇心が人を殺すって事もある。もしこのフィールドで動きたいなら、せいぜいこの辺で遊んでな。」
「そのヤバいもんって、一体なんですか?」
ホコリにまみれたおっさんの目が一瞬力強さを留めたように見えた。
「ここにいんのはヴァンパイアで、もう一方の最深部は魔族が住んでいるって話だぜ。」
正直ヴァンパイアに関しては一度遭遇しているだけに考えなかった訳ではなかった。しかし、もう一方が魔族とは……。せいぜいはぐれたモンスターくらいに考えていた。どちらにしてもかなり重い。
「どうだ?さすがにハンパねえだろ?素直に別のフィールドで地道にやる方が無難だろ?」
僕は両腕を組み顎に手を当ててしばし考える。ふと見るとフクスケが同じポーズでやはり考えこんでいた。
「ちょっとおかしくないですか?」
僕はおっさんに対して疑問を投げかける。おっさんは予想外の言葉だったのか、キョトンとして小首を傾げた。
「だって、僕達冒険者の目的は魔王の討伐ですよね。だったらヴァンパイヤはともかく、魔族が相手なら本来は戦うべきじゃないんですか?」
今度はおっさんがあぐらをかいて座り込み、腕組みをしながら考え込み始めた。
「まぁ、そう言われると……、その通りだな。」
おっさんは尚神妙な顔をしてそう言った。だが、すぐにその言葉をかき消すように首を横に振る。
「だがな、ここにいる魔族は『ソロモン12騎士』って言う魔族の中でも精鋭の一人が仕切っているって話だぜ。まだ、ヒヨっこの冒険者が挑むには荷が重いって事だろう。……、お前さんの言うことは完全に正しいがな。魔王を討伐するのなら、お前らはいつかはこの街の魔族を倒さなけりゃならんのだからな。あまりにこの街のシステムが既成になりすぎて、そんな当たり前の事、しばらく忘れていたぜ。」
「ソロモン12騎士か……、だったら余計に積極的に倒すしかないよね。」
僕はシノハラさんに向けて言った。シノハラさんも緊張気味に頷いた。
「あのな、そいつらマジでヤバいくらい強いらしいぞ、悪い事は言わん、もう少し経験を積んでから挑む事をおススメする。」
おっさんは、あきれ気味に、そして心から心配してくれている感じに言った。
「ソロモン12騎士の強さはある程度理解しているつもりですよ。僕達は始まりの街で彼らの一人と戦闘を経験していますから。それに、僕はおそらくブラシェッド・バンブーを通して彼らの標的にされちゃっているっぽいですから。遅かれ早かれ戦うことは避けられないかもしれません……。」
おっさんは再び想定外の答えに一瞬言葉を失ってから、気が付いたように口を開いた。
「確か始まりの街で魔族との戦闘があったって噂で聞いたが、そりゃお前が絡んでんのか?」
「まぁ……、あまり褒められた話ではないんですがね……。」
こんな辺鄙な場所でホームレスをしている人物にすらそんな情報が……。
「あっ、ちなみにソロモン12騎士の一人は、僕の仲間の剣士が倒し……てはいないかもしれませんが、少なくとも分のいい引き分けくらいには持ち込めましたよ。」
おっさんは、またも予想外の回答に、もう驚くのも面倒くさいと言わんばかりに再び地面に横になり頭をかいた。
「なんつーか、変な奴だなお前は、調子狂うぜ。まぁ、いいや、しばらく退屈していたんだ、なにやら面白い事が起きそうな気がしてきた。せいぜい頑張りな。俺は……寝る。」
そういうとおっさんは本当に数秒で寝息を立て始めた。
僕とシノハラさん、そしてフクスケは名状しがたい感覚のまま、初めて踏みしめたファーケンのフィールドを後にした。ちなみに僕としては珍しく獲得ゴールドゼロのフィールドからの帰還であった。




