第一章 51 モンスターの誕生日
いつかの公園。シノハラさんと。
シノハラさんの買い物に付き合った後、僕たちはいつかの公園でアイスを食べていた。
「こっちの世界にもこんなおいしいアイスがあって良かったですね。私、アイス大好きなんです。」
屈託なく笑顔を見せる彼女に、僕は改めて心からお礼を言った。
「えっ?なんですか急に?びっくりするじゃないですか。」
「今回の戦いで誰も命を落とさずにすんだのは、シノハラさんに指揮してもらった救急チームの存在が大きかったと思う。僕の無茶ぶりにシノハラさんが断らずに頑張ってくれた事、本当に感謝しているんだよ。」
シノハラさんは静かな笑みを浮かべ、少しだけ考えて言った。
「私、ソメヤさんの役に立てましたか?」
「もちろん。すごく助かったよ。」
「そっか…えへへ。じゃあ、良かったです。でも……。」
「でも?」
「だったら何かご褒美が欲しいかなぁ〜。」
うれしいような、そうでもないような展開に僕はちょっと身構える。だって、シノハラさんてば、アゴを少し上げて、目を閉じているから……。考えすぎる僕はいくつもの分岐点を妄想する。唇にキス?おでこにキス?パーティーの今後を考えれば何もしない?とりあえずここではデコピンという選択肢は消していいだろう。
どうする?どうする?
ええい、ままよ、自分へのご褒美だ、欲望に身を任せてしまおう。と思った瞬間シノハラさんはパッとパッと目を開けた。
「いった〜い。何か目にゴミが入ったみたいですぅ。」
えっ?そんな古典的なオチ?明らかに顔の距離が近い。という事は古典的にはここでビンタ的な?
「あれっ?何か聞こえませんか?」
が、戻って来たのは目をこするシノハラさんのそんな言葉だった。
ガリ…ガリガリ……ガリっ…。
確かに何か聞こえる。それはシノハラさんのお腹からだった。
「あっ!もしかして生まれるのかもっ!」
シノハラさんは無防備にもスカートに手を入れて、急いでお腹に入れていた卵を取り出そうとした。何かしら見えそうになる。例のメガネで見ようと思えばいつだって、なのだが、やはり自然な感じに勝る物はない。そんなバカな僕を尻目にシノハラさんは卵にまかれたタオルをそっと取る。すると卵にはいくつもの亀裂が入り、一部表面がはがれ落ちていた。
正直卵の事、完全に忘れていた。にしても思っていたよりも早い孵化だった。僕は僕に卵を渡した「室長」と呼ばれる男の言葉「邪悪な化け物が生まれ君を食い殺すか、あるいは美しい妖精が生まれるかは君次第だ。」を思い出していた。
「シノハラさん、少し下がって!ヤバいのが出てくる可能性もあるから。」
だがシノハラさんはじっと卵を見つめて離れなかった。
「大丈夫ですよぉ。私とソメヤさんの赤ちゃんなんだもん。」
そう言って笑った。柄にもなく心に淡い何かが漂った気がして素直にテレる。
ガリ…ガリガリ……ガリっ…。卵からは続けて中から「何者か」が殻を削る音がしていた。
そして数分後ついに卵の上部が崩れ、中からモンスターが現れた。僕達2人はしばしの沈黙を必要とした。モンスターのイメージとは少し方向性の異なる「もの」がそこには舌を出して……、いや、イメージ的にはベロを出して座っていた。
「い…犬……だよね。」
「い、犬だと思います。」
そんな僕らのやり取りを見てモンスターは笑ったように見えた。
「どっ……どうも…はじめまして……。僕……『いやしいぬ』です。」
子犬サイズのその犬のモンスターは人の言葉を話せるらしい。なかなか高位のモンスターという事か。モジモジとしながら自己紹介をしてくれた。
「かわいい!ソメヤさん!このコすごい可愛いじゃないですか!」
「卑しい犬?いやらしい犬?」
「何言っているんですか、癒し犬ですよ。ねぇ。」
そう言ってシノハラさんは犬のモンスターを抱きかかえて頬ずりをした。あんまりにかわいがるので柄にもなく僕は嫉妬したのだろうか、ほんのり気分を害す。
「で、君はどんな能力を持ったモンスターなの?」
「僕はみなさまに癒しを与える事を使命としています。」
「……え?それだけ?」
「もう、ソメヤさん!なんでそんな言い方するんですか!もう、嫌いになっちゃいますよ!」
シノハラさんは癒し犬を改めて抱きしめ、僕に対して頬を膨らませた。なんでだろう、確かにこいつはかわいい、いやかわいい外見をしている。だがなぜか気に入らない。なぜだ。その答えを理路整然と答えたのは癒し犬だった。
「僕は癒される外見、しぐさ、声などなどシノハラさんの影響を受けています。ですので基本とてもいい子です。でもその反面僕の中にはソメヤさんの性格も反映されているのです。例えば今こうして説明口調で話しているトコロなどが『それ』だとも言えるでしょう。そして、先ほどからソメヤさんがどこか僕に対して敵対してしまう行動に出てしまうのは、言わば『同族嫌悪』と言って差し支えないでしょう。ですので、ソメヤさんが拒絶している僕の中身は、ソメヤさん自身に向けられていると言っても過言ではないでしょう。てへ。」
「てへ」とか語尾につけても癒されるか~!
しかし、負けた。完全に論破された。生まれたてのモンスターに論破された。確かにそのように考えればこの癒し犬に感じるわだかまりの原因が理解できる。
生まれたてで、この僕をここまで論破する犬!まさにこいつは「モンスター」じゃないか。
シノハラさんはかわいい「癒し犬」に夢中になり、完全に先ほどの「ご褒美」のくだりを忘れている。あれって、本当はどういう状況だったのだろう……。
モヤモヤしたまま、僕らは公園を後にした。




