第一章 50 ペテン
「こ、今度は一体………どんなペテンだ……。」
青白い表情のアンジェの表情にはさらに青みが差し、さながら亡霊のような風貌だった。彼女の突き出したナイフの先は空間の途中で消えうせ、自分の腹部に突き刺さっていた。
「出きるかどうか微妙だったんですがね……、僕の腹部に触れている空間と、あなとの腹部辺りの空間を入れ替えたんですよ。結果、僕に刺さる筈のあなたのナイフがあなたに刺さったという仕組みです。」
アンジェが僕の腹部を刺すと言う前提があって初めて成立した技だった。彼女がその宣言通りに腹部ではなく、心臓や首筋に攻撃をしてきていたとしたら……。おそらく僕の冒険はこの始まりの街で終了していただろう。
「おまえと戦うのは本当にムカつき、本当にバカバカしく思えてくるよ……。」
アンジェはそう言って崩れ落ちた。その表情には忌々しさと、この馬鹿げた結末に対する失笑が入り混じっていたように感じられた。同時に僕を羽交い締めにしていたクシーもまた地面にひれ伏した。
「あれだけの戦闘をして無傷とはどういうヤツなんだお前は……。」
そう呆れて言ったのはラウムだった。確かに気がつけば僕は無傷どころか息も切れていなかった。それを確認してすぐに大きな自己嫌悪の波が僕を襲う。ブラッシェド・バンブーの面々の傷つきっぷりを思うとアンジェの言うところのペテンまがいの方法で、勝利をほぼ労せず手にしてしまったからだ。せめて怪我のひとつもしていれば罪悪感も感じなかったものを……。完全に論理破綻している感想かもしれないが、時には僕の中にもこんな矛盾は生まれる。
「すみませんね。確かに自分でも釈然としない部分はなくはないですが、こんな戦い方しか出来ないようです。」
ラウムは大きなため息をつくと、僕にゆっくりと近づいて来た。僕の周りに近づいてきていたナガイ君、ツボミさん、ミシマさんが身構える。だが、僕はこの人にすでに戦意が皆無である事が不思議と分かった。
「そいつ等はいけ好かないが、一応俺たちの依頼主でな。もし、見逃してもらえるなら連れて帰るが?」
ラウムは顎でアンジェ達を示し面白くなさそうに言った。
「ええ、お願いします。このまま放置も出来ないですしね。この女性は早急に手当てをしてあげてください。」
ラウムは黙って頷き、部下に命じて治癒魔法を使える者を呼んだ。そして、じっと僕の顔を見て何かを考えていたようだった。
「?、なんですか?」
「いや、お前召還されたヤツだよな……。」
「ええ…、それが?」
「うん、いや、なんでもない。俺の思い過ごしだ………。じゃ、俺たちはズラかるぜ。」
ラウムは意味深な言葉を残し、モンスターの群とブラッシェド・バンブーの面々を連れて去って行った。
「ソメヤさん!大丈夫なんですか!もう、死んじゃったかと思ったじゃないですか!」
「そうだぞ、タカキくん!しかしあの岩の魔法はなんだ!いつのまにあんな技を!」
「もしあなたが死ぬような事があったら、死んでも呪いますよ!無茶しないで下さい!」
「ソ、ソメヤさん…、僕もしかしたら最後の最後に『勇気』出せたんですかね!」
「タカキっち!やったよな!俺たち勝ったんだよな!」
それぞれ治療を終えた仲間達が、僕の周りに集まってくれた。いろいろ同時に言われて戸惑ってしまったが、一つだけどうしても言わなくてはならなかった。
「いや、ナガイ君、あの時の君の下半身を見る限り、あれは『勇気』ではなく完全に『色気』の力だと僕は断言するよ。」
まだ戦場の鼻を突くような煙と血の匂いが残る、そんな喧騒の空間が一瞬にして静まり返った。空気読めなさ過ぎの発言だったらしく、感動的になる筈の大団円はそんな感じでグズグズっと終了してしまった。
モンスター達の去った始まりの街の被害は想像していたより甚大で、修繕にかかる費用と時間は目を覆わんばかりの数字だった。この街に町長的な統治者はいなかったが、僕は何人かの有力者(ポルックスさん、シモンズさんもその1人だ)に資金提供をすると伝えた。その金額は俄には信じられない数字で彼らの度肝を抜いた。それはこの街の受けた被害をすべて修復する事が可能な金額だったからだ。
その資金はどこから?
僕はあの戦闘中、やみくもにウロウロしていた訳ではなかった。およそ300体のすべてのモンスターから抜き取ったゴールドだ。どういう訳か、通常よりも高額なゴールドが手に入ったような気がする事から、その日はゲンイチローの時と同様にアンラッキーデーだったのだろう。しかも余程レアなモンスターも混ざっていたようで信じられない金額が入手出来たという訳だった。
彼らは喜んでその申し入れを受けてくれた。
これは僕が言った事ではないが、彼らは基金を作り少しずつ利子をつけながら僕に返済してくれると言った。前の世界で日々の生活にも困窮していた境遇を考えると、改めてお金のありがたみを思うのだった。
数日後、モンスター達の襲来の原因が僕達にあった事を批判する人々もたくさんいたが、それを倒し街を救った英雄として歓迎してくれる人々がそれ以上にいた。
今回の件では以上のようにさまざまな事柄で賛否両論があったのだが、救いだったのは必死に人々の看護を行ったタカキーズへの賞賛の声が大きかった事だ。事実今回の戦いにおいて、命を落とした人は存在しなかった。初動の救出、治癒がいかに重要かを僕は再認識したのだった。
あれだけの激しい戦闘にもかかわらず、死者を出さなかった。これこそ僕最大のペテンだと微妙な賛辞を受けたのはどうかと思ったが。




