第一章 47 助っ人
ミノタウロスはよろめき大槌を下し膝をついた。穏やかそうな表情は変わらなかったが、その本来草食獣であるはずの優し気な瞳には明確な殺意が揺らめいていた。先ほどラウムが言っていた「メテオ・モール」という技は挙動が大きく、ツボミさん相手では使えないと即座に判断したのか、大槌を投げ捨て腰の剣を引き抜いて対峙した。その剣は「段平」と呼ばれる幅の広い剣で、ミシマさんの「馬鹿力」ほどではないが、なんとも重量感のある剣だった。ミノタウロスはその風貌に似合わず機敏な動きでツボミさんとの距離を詰めコンパクトに剣を振るった。ツボミさんは刀身でその攻撃を受けたがあまりの体格さに後方へと飛ばされる。身軽に翻り、着地と同時に彼女はソニックブレードを放った。
「もう、それ痛いから止めれ!」
ミノタウロスの一閃でソニックブレードは拡散した。ツボミさんの顔色が変わり一気に焦燥感が彼女を包み込んだのがよく分かる。
シノハラさんは変わらず救急チームを率いて懸命に別の戦いをしてくれていた。そしてその救急チームを守るためにセイラさんも複数のモンスターを従わせ必死にあがいていた。
それ以外の戦場ではタカキーズの面々、そして戦闘に加わってくれたその他の義勇兵たちが奮闘していたが、次第に数に屈する状況となっていた。ジリジリと部隊が後退する中、ただ一人巨大な刀を振り回しモンスター達を威圧していたのはミシマさんだった。その戦いぶりは形容するならば、まさに「鬼神」と言えた。彼は返り血と自らの負傷で真っ赤に染まっていた。
「ミシマさん!無理はダメだ!いったん引いて傷を治療して!」
僕の叫び声に気付いたミシマさんは右手の親指を立てて、ウインクして見せた。
「大丈夫!俺は転生者だ!仮にこの命ここで散らそうとも、再びみんなの前に転生して見せる!」
どこからそんな自信が……、そりゃ「馬鹿力」がブイブイ力を発揮する訳だ。
「ミシマさん!あなたは『転生』ではく、『召喚』されてこの世界にいるんですよ!一度だって生まれ変わってなんかいないっすよ!」
「えっ?そうなの?じゃ、ここで死んだら?」
「たぶん、終了です!」
ミシマさんは表現しづらいバカみたいな顔をした。だが、そこで引かないのがミシマ・タクマという大馬鹿なのだと僕は感動した。彼は周りを見回した後、こう言って笑った。
「まぁ、だからと言ってサッキュバスのみんなのために命張るしかないよな。俺、本気でみんなの事、愛してっからさっ!」
そのまま彼はモンスターの群れに突進した、何匹ものモンスターを薙ぎ払ったが体力の限界か膝から崩れ落ち転倒した。その機を逃さずモンスター達が彼に殺到し爪を立て、牙をその鮮血に染めようと襲い掛かった。メアリーさんを始めとするサッキュバス達の悲鳴が響く。誰もが目を潜めたが僕には見えていた。彼を救うであろう人影が。
「まったく、無茶な事を。あなたは確かあのソメヤ氏と同じ日の召喚者でしたね。彼に変な影響でも受けましたか?」
華麗な剣さばきでモンスター達を屠ったのは案内所のポルックスさんだった。しかもそのまま彼はミシマさんの治癒を始めた。僕は二人に駆け寄り、周囲を警戒しながらポルックスに問いかけた。
「いいんですか?あんまり積極的に関与すると後々ペナルティとか……。」
「馬鹿にしないでください。顔見知りのこんな状態を見過ごすほど性格は悪くないですよ。」
「失礼しました……。にしてもあの剣さばきに、治癒魔法……、なんでも出来るんですね。尊敬します。」
「あなたに言われると素直に喜べないのは不思議です。なぜか馬鹿にされているように聞こえる。」
僕とポルックスさんは互いに笑い合った。なんの笑いだったのか、正直よく分からかったが、少なからず彼との間にある障害物が溶解していった気がした。僕はその場をポルックスさんに任せ、ナガイ君とツボミさんの状況を把握に行った。
ナガイ君は防戦となっていたが、ラウムの激しい攻撃によく耐えていた。だが、ツボミさんは自らの最強の技と語るソニックブレードが通用しない事で精神的に疲弊してしまったようだった。完全にミノタウロスのいいように振り回され、全身は砂まみれとなっていた。
さすがに非力な僕の力でもその戦いに割って入らねばと思った刹那、ここにも思いがけない助っ人が登場した。
「ツボミちゃん!なんだそのショボくれた顔は!らしくないじゃないか!」
ミノタウロスの剛剣を刀身で滑らせながらいなし、柔和な表情の彼はツボミさんに活を入れた。
「シモンズさん……。」
力なく答えるツボミさんに思いがけずシモンズさんは強烈なデコピンをくれた。
「ソニックブレードってのは磨けば磨くほど技の切れ、威力が増す技だって……、カイカ・オーキッドはいつも自慢してたぜ。まさかこのまま終わりじゃないよな。ツボミ・オーキッド。オーキッドの名が泣くぜ。」
「と、父さんが……。」
「パーティでの役割は、俺が補助、そんでカイカが止めって決まってたな。って事で、ツボミちゃん、おいしいとこ持って行ってくれよな!」
そう言ってシモンズさんは再びミノタウロスに剣戟を浴びせる。その速度は凄まじく、軽快な動きを誇っていたミノタウロスを圧倒した。いくつかの攻撃は防いだものの、体中にかすり傷を付けられミノタウロスは鮮血の中、息を切らして立っていた。シモンズさんはすかさず道を開けツボミさんを促した。
そこには先ほどの自信を失って揺蕩うていた少女の姿はなく、初めて会った時の自信に満ち溢れていたツボミ・オーキッドの表情があった。




