第一章 44 魔族の襲来
「この街にモンスターの襲来……。」
そんな言葉を発する僕を、シモンズさんはキョトンとした表情で見つめていた。
「やっぱり、俄かには信じられませんよね。こんな話は……。」
「うん、普通は信じないだろうね。この世界で常識的にはそんな話はないからね。でも、君が言うなら僕は信じるよ。君はこの世界の非常識そのものだからね。」
「その発言……どう受け止めたらいいのでしょう……。」
僕はシモンズさんをはじめ、案内所、寄宿舎などゆかりのある人物を訪ね、日成らずこの「始まりの街」にモンスターの襲来があるかもしれないと告げた。モンスターの襲来。それはすなわち魔王に連なる眷属によるものである事を意味していた。
「始まりの街」をモンスターが襲うなどという事は基本的にはありえない事柄のようだったが、話した人々はシモンズさんの反応と同じような態度を示した。僕という非常識な人間の非常識な発言は説得力があるようで、否定した人でもどこかで「ありえるかも」という感覚は持ってくれていたようだった。
だが、複雑な表情をしたのはポルックスさんだった。その理由は彼が、いつか僕にこのように言ったこの言葉、
「この世界の深淵を覗こうとして死んでいった人間は何人も知っています。」
この内容に付随しての事だろう。そして、彼は僕の目を見ずにモンスターの来襲は確実でしょうと言った。かつてこの「始まりの街」に一度だけ魔王軍が現れた事がそれであったとも言った。それはカイカ・オーキッド、つまりツボミさんの父親が魔王討伐に失敗した時の事だ。つまり、今現在がその時と同じ状況にあるという事だろう。
「あなたの発言は、カイカ・オーキッドがこの世界の深淵を覗いたと言っているに等しいと思うのですが、そういう事なんですか?」
僕の言葉にポルックスは一瞬ハッとした表情し、再び押し黙ってしまった。彼の重たい横顔を見て、僕は一礼してその場を離れた。
自分に出来る可能な限りの事をし、僕達は来る日に備え過ごしていた。モンスターなど来るわけがないと考えていた人々も当然いたが、そのような人達からみれば、半分籠城しているかのような僕達の行為はひどく滑稽に映ったかもしれない。正直タカキーズの中にもそんな風潮は少なからずあった。
だが、そんな中で確実に魔王軍は来ると言い切る人物がいた。
ツボミ・オーキッドだった。彼女は直感的にかつて魔王に連なる者達が近日中に来るとタカキーズの面々に伝えていた。僕が彼女にその発言の自信の源泉を問うと、彼女はこう言った
「私には父の残してくれた精霊の加護があるのだ。私が一人前ではないので、彼らの声は今はまだ非常に小さいがな。それでもこの街に危機が迫っている事を感じる事が出来る。」
この世界で「何を非科学的な」なんて言葉は意味を失う。僕は彼女の直感を頼りにその日から二人でタカキーズの屋上で歩哨として見張りを行っていた。
その日も午後から僕達は呑気にパラソルを刺してベンチに座って周囲を眺めていた。
「さすがに疲れた?もう三日目だもんね。」
僕は隣で伸びをするツボミさんに尋ねる。
「いや、大丈夫。こうしてタカキ君とおしゃべりしているのも楽しいしな。」
「そう言ってもらえると助かるよ。」
「あー、時にタカキ君……。」
「うん?」
ツボミさんは珍しく歯切れよくなく「あの」や「その」を繰り返してからようやく発言した。
「タカキ君はやっぱり、シノハラちゃんのようなおしとやかな女の子が好みなのか?」
現状とあまりにも乖離した内容にちょっと拍子抜けをした。
「うーん……。そうだね…実はあまり恋愛経験がないんで、正直自分の好みがどうなのかよく分からないかな。」
なんて曖昧な返事をするとなぜか彼女は笑顔で
「そうか、タカキ君はあまり恋愛経験がないのか、それでは私と一緒だな。そうかそうか。」
一人で何かを納得していた。そして「では私のような……」と続けた刹那、彼女の顔から柔らかい表情は消えてなくなった。そして、眉間にしわを寄せるほど険しい顔で何かを聞き漏らすまいと耳を澄ませているように感じられた。おそらく精霊が何かを伝えているのであろう事はすぐに推測が出来た。
「タカキ君……、来る。いや、もう来ていているようだ……。魔王軍が……。」
ツボミさんは絞り出すように声を出した。急激に喉が渇くほどの緊張感を感じたのだろう。正直まだ午後も始まったばかりの炎天下の襲来は想定の外と言わざるを得ない。
タカキーズから北東方面に、ここから一番近いフィールドに繋がる門がある。ツボミさんのそんな発言からしばらくして、その方角で大きな爆発音を確認した。1キロ以上離れているはずだが、建物の屋上にいる僕らも衝撃波を感じるほどだった。
すぐに階下からパーティーの面々、メアリーさんをはじめ主要なサッキュバス達が屋上へ動揺を隠さず駆け上がって来た。
「どうした?ついにきたのか?」
常に落ち着いた態度のメアリーさんですら狼狽していた。その時2度目の爆発音が世界を突き上げるように、再び振動を帯びながら響き渡った。
「確実に魔王軍の襲来ですね。ここで彼らを待っていたら被害が拡大します。僕達パーティーは爆破の方向へ行きます。皆さんはここで……」
僕の言葉を遮ったのはミシマさんだった。
「くだらねぇ事言ってんじゃねーっの。俺らも行くぜ、ここで待とうが状況は変わんねぇだろ。」
「よく言った、タクマ。後でお仕置きしてあげるよ」
お仕置きされると聞いたミシマさんは、啖呵を切った時の凛々しさは何処へやらで、だらしなくクネクネと身もだえた。シノハラさんが真顔で「どうしてお仕置きされるのにミシマさんうれしそうなんですか?」とつぶやいた。メアリーさんが大人になれば分かるよとシノハラさんの頭を撫でていた。
「よし!みんな聞いての通りだ、この始まりの街が傷つけば傷つくほど、どっちにしても私達は商売上がったりなんだからね。タカキを信じて一緒に戦うんだよ!」
サッキュバスもまた下級とは言え魔族であり、決して非力とは言わない。だが、同時に決して戦闘向きとも、おせじにも言えないのもまた確かだ。僕は迷ったが、彼女達の士気を押しとどめるのに割く時間もないと判断し、くれぐれも無茶をしないようメアリーさんを通じて言い聞かせてもらい、タカキーズ全員の同行を許可した。
脳裏のどこかで「足でまとい」という言葉が明滅したが、それは僕の驕りであったとすぐに気が付く。僕らが門に向かって移動しているの見て(つまりサッキュバス達含めて)彼女たちのファンである男達が何人も同行してきたのだった。




