第一章 41 たまご
ミシマさんが剛刀「馬鹿力」を手に入れた事はかなり大きな意味があった。タカキーズの本拠地は最も防御を固めるべき場所である事は分かり切った事だったが、ミシマさんが大きな戦力となった事で、僕やナガイ君、ツボミさんが自由に行動出来る状況が生まれたからだ。
ミシマさんにはツボミさんとの模擬戦を行ってもらったが、その実力はツボミさんをして、バーサーカー状態のナガイ君に引けを取らないといったものだった。ミシマさんはそれを聞きますますタカキーズの警護に力を注ぐようになっていった。そして当初、ここを守るべく待機を余儀なくされていた僕達、ツボミさんパーティーは敵の本拠地探しが可能になったのだった。
蛇足だが、ミシマさんの最近の口癖は「俺つえぇぇぇぇぇぇぇえっ!」だ。いかにも彼の愛刀「馬鹿力」が好みそうな発言だった。
「しかし、よくあのポルックスが協力してくれたものだな。私たちは完全に彼に嫌われていると思っていたが。」
ツボミさんの疑問はパーティー全体の総意でもあった。セイラさんは最後まで罠かもしれないと「出っ歯の神」を呪っていた。
「まぁ、あの人もいろいろと複雑なんだよ。いずれにしても今はこの情報が頼りだから、地道にひとつづつ潰して行こう。」
パーティー5人での行動は人目につき易く、およそ相手のアジトを探るなんて行為には不向きだったが、いつどこで彼らからの襲撃を受けるかもしれない状況では仕方ないと言えた。
ポルックスの情報はかなり精度が高く、ブラッシェド・バンブー本隊ではないまでも、それに連なるアングラな組織の根城となっているケースが何件かあった。いくつかの場所でそれらの組織と交戦になりそうな場面があったが、僕がコインをチラつかせると悲鳴を上げて逃亡していく者ばかりであった。僕が先日、無頼漢の前歯とコインを入れ替えた残虐な行為の噂が広まっていたのだろう。
あの行為を改めて肯定するつもりもないが、こうして互いに傷つけあう行為が回避できたことは幸いだと考えてもいいだろう。
「さすがに、本拠地はなかなか見つからないな。あとリストは何件くらいが残っているんだ?」
ツボミさんの問いにリストを確認しながら、残り8件である事を告げる。
「時間的に遠くは厳しいね。今日はあと一件だけ確認して終了としよう。」
ポルックスのリストに従い、僕らが向かったのはこの世界では珍しい高層のビルだった。それは僕らの感覚でいうゴシック様式の貴族の邸宅のようなクラシカルな外観をしている建物だ。
「ここ…って、高級ホテル……、ですよね……。」
シノハラさんが、壁面を覆う石創りの豪奢なレリーフを眺めながら言う。
「こんなところに犯罪者が宿を?」
ナガイ君もぼそりと至極当然な感想を述べた。僕らはしばし呆然とする。ここをどう確かめたものか、また、仮に存在したとしてどう攻めたものか……と。
そんな折、僕らの淀んだ空気に負けない程の、マイナスオーラを全身に纏った小太りの中年男性がホテルの入り口から顔を赤らめながら出てきた。5名ほどの、さながらSPのような屈強そうな従者を従えていた。
「まったくっ!何様だあの小娘っ!たまたま近くまで来ていたというだけで、この私を呼び出して、あげくに小間使い扱いしくさりおって!」
まわりの従者が必死に小太りの中年の怒気を抑えるようになだめているようだった。
「しかも、なんだあのオカマ野郎どもは!絶対に許さんぞ!『八行者』だからと言っていい気になっておるのだろう!本当に腹立たしい~!」
男は周りの目も気にせず怒りを発散させていた。この男の発言を聞く限り、この建物にブラッシェド・バンブーがいる事は疑いようもないだろう。僕は男に近づき尚も猛り狂う男に話かけた。SP的な男達はすぐさま僕に気が付き、僕の接近を防ぐように進路をふさいだ。男はそんな僕の顔にひらめきを感じたようで、周りの男達を制し、僕に語りかけてきた。
「これはこれは……、君は今話題のソメヤという子だね。」
「え、ええ……。僕はそんなに有名ですか?」
「……?、ふはははは、面白い子だな。そうだな、それなりに有名だ、とでも言っておこうか。で、何か私に用かね?」
「ズバリ聞きます。このホテルにブラッシェド・バンブーの少女がいますね。」
周りの男達は僕の発言にどよめき身構える。だが、小太りの男は微動だにせず、右の口角だけを少しだけ上げた。
「……ああ、いる。」
「し、室長っ!」
室長と呼ばれた小太りの男はあっさりと認めた。周りの男達は慌ててその内容をごまかそうとしたが、室長はそれを制して続ける。
「腹立ちまぎれだ、多少情報をやろう。君たちを追っているあのブラッシェド・バンブーの小娘は『八行者』と呼ばれる暗殺集団のひとり『忌避のアンジェ』。ご存知の通りナイフ使いだ。そして、取り巻きの気色の悪いオカマ共は双子の『クシー』と『ラムダ』。一応剣士に名を連ねとる。」
「いいんですか、そんな事を言ってしまって。」
僕に問いに男は笑みを浮かべた。意地悪をする子供のような無邪気さがそこにはあった。
「私はあの小娘がいけ好かなくてね。だが、ここでの戦闘はお勧めせんよ。このホテルには警備の私兵がいるからね。ああ、もうひとつ、残念なお知らせだが、奴ら戦力を増大させて近々君らの本拠地を襲うつもりだ。十分気を付ける事だな。以上、ここまでが私の流せる情報だ、じゃあな。」
周りの男達は室長をたしなめていたようだったが、男はさして気にもしてないようで、少しすっきりしたのか豪快に笑った。
「すみません、あと、一つだけ……。」
室長は振り返り笑顔で「なんだね」と言った。再び、周りの男達が狼狽える。
「あなたは調整側の人間ですか?」
一瞬で室長を含む男達の表情が消える。だが、室長はすぐに改め口角を緩め僕に向かって歩いてきた。ツボミさんが剣に手をかけたのが分かったが、それを制し室長の発言を待つ。
「今はそうであり、そうではないとしか言えないな…………。ところで、君は一体何と戦うつもりだ。」
「いえ、決して何かと戦おうと思っている訳ではありません。ただ、この世界の事をちゃんと知りたいと思っているだけです。」
「やっぱり君は面白いな。ソメヤ君、私はこのクソッタレな世界が大嫌いだ。そして、君がもしこの先旅を続けるならば私たちは再び会いまみえるだろう。それが、敵としてか、味方としてか、それは分からんがね。」
僕は無言で小さな笑みで答えた。室長は再び大きな声で笑った。
「気に入った。これを君に上げよう。」
そう言って彼は僕の手に不思議な卵を乗せた。鶏の卵よりも幾分大きなサイズの卵だ。うずらの卵のように模様がついていたが、その模様は綺麗なオレンジ色をしていた。
「それはモンスターの卵だ。生まれてくるモンスターは今は不明だ。なぜならその卵を温めた人間によって生まれいずる物が変わるという代物だからだ。つまりその卵から生まれてくるのは君自身を投影したモンスターという事だ。邪悪な化け物が生まれ君を食い殺すか、あるいは美しい妖精が生まれるかは君次第だ。どうだね、楽しみだろ?くくくくくっ。」
室長は本当に楽しそうに笑った。甚だ迷惑な感じもしたが、確かに面白そうでもあり僕はありがたく頂戴した。後で、仲間からは貧乏性でなんでももらうのを止めなさい、と失礼な忠告もされたが、完全な反論もできないので甘んじて受けた。
室長は最後に「私と会った事は内緒で頼む、いろいろ面倒なものでね。」と、再び大きな笑い声を残し去って行った。
かくして、妙な形でブラッシェド・バンブーの拠点を発見するに至ったのだが、さすがに強襲する訳にも行かず僕らはすごすごとタカキーズへと戻るのだった。




