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第一章 39  ポルックス


 「まったく、(むご)たらしい事をするものですね。それにしても、フィールドの『ハズレモンスター』、あれはやはりあなたの仕業だったのですね。」


 そこには今日も変わらず上唇で乾いた出っ歯を湿らす素振りのポルックスが立っていた。景色を眺めていて気が付かなかったのだが、ここはすでにあと数歩で「初心者用の案内所」という場所だった。


 「何か案内所に用ですか?あなたがここへ来るなんて碌な用ではないでしょうがね。」


 僕はポルックスに礼をして彼を見据える。


 「ポルックスさん、今日はあなたに会いに来ました。昨日、サッキュバスとブラッシェド・バンブーの間でイザコザがあった事は聞いていますか?」


 「当然です。あなたは新聞も見ないのですか?あなたの名前も一面の記事を飾っていましたよ。しかも、あまり好意的な書かれ方はされていませんでしたよ。」


 「すみません、あまりメディアは信用していないので……。で、その事件に関連して聞きたい事があるんです。」


 ポルックスは胡乱(うろん)そうに僕を眺めて何かしら思案しているように見えた。


 「ブラッシェド・バンブーの居所に心当たりがあれば教えてくれませんか?」


 ポルックスは今度は明らかに意外そうな表情を浮かべ、すぐに不快感を帯びた雰囲気を醸し出し始めた。


 「ここは人目につきます。私のオフィスに参りましょう、一応個室ですからね……。」


 そう言って踵を返すとポルックスは足早に「初心者用の案内所」へ入って行った。僕もすぐに後を追う。久しぶりに入った案内所内には、今日この世界での誕生日を迎えた「新人」達が説明に耳を傾けていた。案の定僕は案内所の職員たちには不人気なようで、一様に白いまなざしを全身に感じた。

 ポルックスに促され彼のオフォスへと通されたのだが、彼はドアを閉めると同時に口を開いた。


 「さて、あなたはなぜ、私にブラッシェド・バンブーの居所はと質問をしたのですか?」


 「あくまでも、根拠の乏しい仮説に基づいての発言です。昨日僕と対峙したブラッシェド・バンブーの統率者が言っていた言葉が理由の一つです。彼女は僕の存在に対して『迷惑しているのはこの世界の「秩序」そのもの』だと言いました。そして『日々供給される者達は、従順にこの世界のシステムに乗る事がこの世界の理』だとも言いました。若干ニュアンスは異なるかもしれませんが、概ね内容は今言った通りです。」


 ポルックスは額に汗をかき始めていた。何かしらの核心がやはりここにあると直感した。


 「それが、なぜ私と関わりがあるのです?」


 「ここからは完全に僕の仮説です。」


 そう前置きをして僕は続けた。


 「この世界に来て感じた事はすべてが『わざとらしい』という事でした。それは初めに支給される支度金から始まり、ここでの説明、戦闘チュートリアル。これらのすべてが『魔王を倒す』や『ドラゴンを成敗する』などのスローガンの元に行われていました。基本的にはすべての召喚された人間がそういった目標に向かうように、言葉を選ばず言えば『操作』されていると感じたんです。」


 ポルックスは腕組みをして乾いた出っ歯を放置したまま聞いていた。


 「一番笑ったのはフィールド上のモンスターです。倒すとコインが入手できる?どう考えても作為的過ぎませんか?せめて希少な鉱物や宝石の類なら分かりますが、よりによってコインですからね。」


 「きっ、君はモンスターたちが誰かの意図に基づいて存在しているとでも考えているのですか?」


 さすがに前歯の渇きに耐えかねたのか、無作法に舌で前歯をなぞりポルックスは言った。


 「それは断言できませんが、そう考えるのが普通でしょう?それにモンスター退治が日々の生活の手段となっている以上、僕たちは『それ』を強いられている。そしてブラッシェド・バンブーが言った言葉、『従順にこの世界のシステムに乗る事がこの世界の理』

 僕らの目的はもしかして『魔王を倒す』や『ドラゴンを成敗する』ではなく、日々モンスターを倒す事それ自体だとしたら?」


 「あなたは、彼らのようなならず者の言う言葉に影響されるのですか?」


 「戦ってみて思ったのは、あれほどの強さを持つ人たちこそ、もしこの世界の目的が『魔王を倒す』や『ドラゴンを成敗する』事ならばとっくに行っているハズなんじゃないですか?確か成功報酬は莫大な金額でしたよね。その彼らがこの世界の理を、この世界のシステムに従う事だと言ったんです。ならば影響もされますよ。」


 ポルックスは今度は目をつぶって沈黙した。僕はその沈黙を破らずに彼の発言を待った。


 「だとしても、なぜ私の処にきたのですか?私は何も知らない。」


 「彼らブラッシェド・バンブーはもしかして、ただの犯罪者集団ではなく、この世界の言わば『調整者』のような存在なのではないかと仮定しています。そしてこの世界のルールを初めに僕達に強いたのはあなたたちだ。そう考えれば少なからず繋がりを疑っても仕方なくないですか?」


 「確かにあなたが言う仮説……、いや、私に言わせれば妄想ですが、それが仮にあり得る話だとしても、それは覗いてはいけない聖域なのです。

 いいですか、私はあなたが嫌いです。規律を守らないあなたが嫌いです。ですが、少なくとも自分が担当した初心者に変わりはないのです。そのような人間に対して、危険が目の前に迫っているのを知りながら放って置けるほどの度胸もないのです。いいですか、その話はもう誰もにしない事です。私は確かに何も知らない、ですが、この世界の深淵を覗こうとして死んでいった人間は何人も知っています。」


 ポルックスは一気に、それこそ興奮ぎみに言葉を吐き出した。


 「私を含め、この案内所の職員は誰も、彼らのようなならず者とは繋がりありません。我々は常に日々与えられた職務に邁進しているだけなのです。この良否をあなたに判断してもらうつもりもありません。我々はこの仕事で生きているのです。そしてプライドも持ってやっているのです。」


 「そうですか……。すみません、疑った訳ではないんですが、僕も切羽詰まってまして。何かしらの情報が手に入ればと……、すみません、それこそ自分勝手でしたね。」


 僕がポルックスに一礼をしてオフィスを出ようと歩き出すと、


 「待ちなさい。繋がりはありませんが、この街の事は彼らよりも詳しい。彼らが根城としそうな場所のリストアップぐらいは出来ます。少し待ちなさい。」


 ポルックスの意外な言葉に驚いていると、


 「私はあなたが本当に嫌いですが、あなたの倫理的な思考や理屈……、いや屁理屈ですかね……、それを聞くのはそれほど嫌いではありませんでしたよ。ふふふっ。」


 彼が笑うのを僕は初めて見た気がした。

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