第一章 38 守るべき者のために
「ナガイ!ナガイ!」
ローズさんの声にナガイ君は反応できない。二か所の傷口からは夥しい出血があったが、それにもまして少女の放った電撃により体がマヒしているようだった。シノハラさんに治癒をお願いしたかったが、彼女は僕の治癒に力を使いすぎ、今にも倒れそうなほどに疲弊していた。
メアリーさんはすぐにタカキーズ所属の聖職者を呼び、ナガイ君の治療にあたらせた。僕の傷口も外側から見れば塞がったように見えたが、依然内側に損傷があるらしく、口からの出血が続いていた。せめてもの救いはケガをしたのが、僕とナガイ君のみだった事かもしれない。
だが、僕たちは惨敗したのだった。彼女達がその気になれば、今この時に全滅させられてもおかしくはなかった。暗鬱とした空気が僕達を支配していた。「いつでも気が向いた時に襲いに来る」その言葉が重くのしかかっていたのだった。
僕はナガイ君の治療を続ける男性の聖職者見ながら、聖職にありながらタカキーズに所属するなんて、なんて生臭坊主だよ、などと呑気に考えていた。
それは、たとえ強がりであったとしても、「僕の心はまだ折れていない」そう自分自身に言い聞かせる類のものだったのかも知れない。
※ちなみに僕がローズさんに頼んで、ナガイ君の耳元で囁いた内容は、エロ過ぎてとても記述する事が出来ない。おびえるナガイ君があれほどの敵に向かって行けるほどの「いやらしさ」と言えば察して頂けるだろうか。
「そうか~。うん、分かったよソメヤ君。事情が事情だしね。でも、辞めるんじゃなくて、とりあえず長期休暇扱いにしよう。」
シモンズさんはにこやかに言ってくれた。
昨夜の事件を受け、タカキーズは営業を停止を決定していた。そして僕達ツボミさんパーティーも寄宿舎に迷惑をかけられないと感じ、当面タカキーズで過ごす事とした。現状ではブラッシェド・バンブーの目的はタカキーズであり、そして僕とナガイ君、ツボミさんであると言える。それも加味して一か所にまとまっていたほうがリスクが低いと考えたのだった。
僕がいることで「物憂げな猫亭」にも何かしらの危険が発生するだろう。当初僕の話を聞いたシモンズさんは、そんな危険は俺がなんとでもしてやると息巻いたが、タカキーズの面々の危険を自分が守ると告げると納得してくれた。
「で、今後の対策とかは?何か見通しでもあるのかい?」
「正直厳しいところですね……。でも全くないわけでもないんです。これから少しそれを突きに行くつもりです。」
「君、昨日、腹刺されたんだろ?大丈夫か?」
「自分の意識がなくなるまで治癒魔法をかけ続けてくれた、ウチの修道士のおかげで全快ですよ。」
「シノハラちゃんか。いい子だよなぁ~あの子も。」
「ええ、本当に。」
「ツボミちゃんも、セイラちゃんも、シノハラちゃんもみんないい子だ。しっかり守ってやれよ。」
シモンズさんは僕の背中を叩いて激励してくれた。僕はこの人のおおらかさや、陽気さ、そしてなにより優しさが大好きだった。ただ、「タカキーズも早く営業開始出来るよう頼むぞ!」という、冗談ぽさを偽装した本音さえ出さなければ、尊敬すら出来るのにとため息をついた。
「ソメヤ君、でも今度ブラッシェド・バンブーと戦う時は俺も呼んでくれ。昔はそれでも『剣士』の経験もあるんだぜ。頼りにしてくれ!」
そんなシモンズさんの言葉を話半分に聞きながら、「物憂げな猫亭」を後にした。しばらくはここともお別れだ。店の前で僕は深々と礼をして、次の目的地へと向かった。目指すは「ブラッシェド・バンブー」の情報を得る事が出来るかもしれない場所。「初心者用の案内所」へ。
異世界『ミアプラキドス 』にも季節は存在し、今現在は青い空に町の建物のカラフルな屋根が映え、その屋根はそれぞれ陽光にその輪郭を輝かせる巨大な積乱雲を乗せている、そんな眩い季節だった。街路樹では蝉が鳴き、くっきりとした木漏れ日が石畳の上で揺らめいていた。
そんな木漏れ日にかぶさるように、無粋な人影が二つ僕の前に立ちふさがった。
「よう、ソメヤってのはてめぇか?」
昨日の今日で早速ご苦労な事だ。ブラッシェド・バンブーに諂う町のゴロツキと言ったところだろろうか。
「そうですが、何か?」
出来うるかぎり面倒くさそうに答える。
「なんだぁ?その態度は?なめてんのかてめぇ!」
この定型のやり取りはどうにかならないものか……。
「もう、いいや……マジで面倒くさい……。」
うんざりしながら僕は二人の男にエレガント・チェンジで1ゴールドを使用する。
「がふっ!にゃ、にゃんだ?イテテテテテテテテっ!」
男達は口から鮮血を流し、異変に気付いた。もがく二人の足音に交換したモノをばら撒いた。彼らのそれぞれの前歯2本づつだ。彼らの前歯の位置にはうまく1ゴールドコインが行儀よく嵌っていた。
「口の中を財布のようにされたくなければ、おとなしくしていろ。君たちにとって脅威となるのは、なにもブラッシェド・バンブーばかりじゃないって事、覚えておけ。」
男達は恐怖し、自分たちの前歯を拾って逃げ去って行った。我ながら胸糞が悪くなるような事をした自覚はあるが、出来るだけ、僕らに手を出す事にメリットがない事を印象づける事が肝心だった。少なくとも抗う術のない仲間のためには必要な「むごさ」だと言えた。
その騒動で街路樹の蝉達も飛び去り、静寂が辺りを包んでいた。二つの影が去った場所に、再び別の影が伸びて来たのは寸刻の事だった。




