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第一章 37  敗北

 「いやぁぁぁぁぁ!ソメヤさん!」


 シノハラさんが絶叫しながら僕の傷口を抑える。鮮血を浴びて彼女の小さな白い顔はまだら模様に赤く染まっていた。その模様を涙がなぞり二筋の道を作っていた。彼女はしゃくりあげて泣きながらも、自らの使命である回復魔法で僕の治癒に入っている。女性の(たくま)しさを垣間見る思いだった。

 その間にもツボミさんと二人の黒ずくめ達との攻防が続いていた。状況は明らかに不利に見えた。僕はローズさんを呼び口元に耳を近づけてもらった。


 「ナっ……ナガイ君に言ってください……。………、………、……って……。」


 喧噪の中、僕は他の人に聞かれないよう囁いた。


 「よ、よく分からないけど、分かった!」


 ローズさんはそう言ってブルブルと震えるナガイ君の耳元で囁き、頬に軽くキスをした。


 「くっ、お前たち!何者だ!その剣技は明らかに暗殺術だな!」


 ツボミさんも二人相手では次第に押され始めジリジリと後退しつつあった。それを見て少女が動く。すさまじ速さで跳躍し、ツボミさんに僕の血で染まったナイフを振り下ろした。

 だが、ナイフは少女の手から弾かれ激しく回転しながら天井に突き刺さった。獣のような厳しい表情で少女が睨み付けているのはエロバーサーカーと化したナガイ君だった。覚醒したナガイ君は間髪入れずに二人の男達に剣を振るった。男達は完全に攻守が入れ替わり、ナガイ君の激しい攻撃を防ぐのがやっととなったいた。


 「不浄なる魂よ、報われぬ渇望の色欲を持って我に仕えよ、エモスっ!」


 セイラさんが隙をつき、二人の男に向かって萌魔法を放つ。だが、この二人にはセイラさんの魔法が通じなかった。


 「なぜです!私の魔法が通じないなんて!まさか女!」


 セイラさんの萌魔法はかけた相手を支配下に置くという恐ろしい魔法だったが、ただ一つ大きな弱点があるとすれば、その魔法が有効な対象が術者に対して異性でなければならないという条件がある事だ。このケースでセイラさんの魔法が有効ではないとするならば、相手はおのずと女性という事になる。だが、二人の男は逞しい体躯をしており女性には見えない………。すると男達は互いの顔を見合わせて頷くと、フードを跳ね上げその逞しい美貌を開陳した。


 「やだ、お姉さま、あの貧相な魔法使いが私たちを女って言ったわ❤」


 「そうね、やはり分かる者には分かるのよ、ラムダ。」


 トランスジェンダーにも萌魔法は無効のようだった…………。二人はその体に比例するいかつい骨格の顔をしていた。特に高い頬、窪んだ相貌、分厚い唇は木彫りの人形のそれを想起させた。その木彫りの造詣にアイシャドー、頬紅、口紅と悪夢のような意匠が施され、さながら前衛的な芸術作品と呼んで差し支えなかった。


 「なんだ!お前たちはオカマなのか!だが、セイラちゃんの魔法が効かないという事は、本当に中身は女なのだな。」


 ツボミさんが変な感心をしていた時、黒髪の少女はおもむろに跳躍し、天井に刺さったナイフの柄を握りそれにぶら下がった。少女の軽いと思われる体重でも自重でナイフはゆっくりと天井から抜け、少女は軽やかに床に着地した。再び「ナイフを握る少女」という狂気じみた光景が復活したのだ。そしてそのナイフを床にひれ伏す僕にかざし、傾けた見下ろす蒼白の顔から恐ろし気な言葉がこぼれた。


 「ソメヤ・タカキ……。私たちもいろいろと町で聞き回ってね。なんでもお前という人間が関わると碌な事が起きないみたいじゃないか。淫魔共を懐柔し我々から独立しようなどという自立心を持たせたのもお前だとか。他にもいろいろと先例のない事を行い迷惑している者たちもいるようじゃないか。困るんだよね、私らの日銭が痩せ細るような事をしてもらっちゃあねぇ。そこでね……、私たちブラッシェド・バンブーはお前の抹殺を決定した。」


 「勝手な事を言うな!あんた達の言う通りにしてた頃より、私たちは幸せなんだよ!確かに『バンブー』の名があった事で舐められずにやって来れたのかもしれないけどね、あんた達は私達の上前跳ねていただけじゃないか!誰もタカキに迷惑なんかしちゃいないよっ!」


 シノハラさんの傍で僕の手を取り励ましてくれていたメアリーさんが怒声を上げ、狂気じみた少女に投げかけた。少女は薄ら笑いを浮かべてそれを受けた。


 「汚らしい淫魔風情が……、お前らは黙って股だけ開いていればいいんだよ。その男に誰も迷惑していない。違うね、迷惑しているのはこの世界の『秩序』そのものさ。この世界は変革なんざ望んでいないのさ、日々供給される召喚される魂共は従順にこの世界のシステムに乗っかっていればいい。それがこの世界の理さ。」


 「お頭ぁ~、それ以上は言わないのっ。まぁ、皆殺しにするつもりだから別にいいんだけどね。あはっ。」


 前衛芸術達は少女を「お頭」と呼んだ。その事に仲間たちは衝撃を覚えていたようだった。このような少女がここではリーダーなのだと……。確かにそのギャップは衝撃的ではあった。だが僕が衝撃を受けていたのは彼女の口にした言葉の内容だった。「この世界のシステム」という言葉……にだ。

 この以前に住んでいた世界に比べたら、あまりにもグラン・ギニョール的(荒唐無稽)な世界に対する疑念。これを解き明かす一つのヒントとなる言葉だと思えたからだ。


 「まて、今日はここまでだ。私はたっぷり恐怖を与えて殺すのが趣味だからな。」


 「んっふー。やだ、お頭ったら、趣味悪すぎぃ~。でも、私もいたぶるの好きぃ~❤じゃぁ、今日は帰りま………っ!」


 ナガイ君がおもむろに前衛芸術の一人に斬りかかった。不意を突かれた男は(あるいは女は)生身の腕でその木剣を受けた。分厚い筋肉が木剣を弾いたがその表情には先ほどまでの余裕は感じられなかった。


 「あんた……、人の話聞いてないの、帰ってやるって言ってんのよ!馬鹿じゃないのっ!」


 その言葉にも反応せずにナガイ君は剣を振った。鋼のような肢体が防戦一方となり、怒声を上げた。


 「なんなのよっ!こいつ!頭いかれてるわよ!ラムダ加勢しなさいよぉ!」


 ラムダと呼ばれたもう一人の前衛芸術は「はいはい」とつぶやきながら戦闘に加わった。が、ナガイ君の剣劇の勢いに2人が気圧され始めていた。ナガイ君は防御を一切捨てた捨て身の攻撃で剣を振るっている。


 「貴様、バーサーカーなのか?そんなものがこの『始まりの街』に存在するのか?」


 少女が表情も変えずにつぶやく。


 「メアリーさんに、ローズさんに謝れ!汚らしい淫魔風情だと!サッキュバスのみなさんは本当に優しくて美しい方々ばかりなんだぞ!なにも知らないくせに!絶対許さないぞ!」


 「……でもないか、バーサーカーなど、こんなに饒舌にしゃべりはすまい。」


 そう言うと少女は手にしたナイフをかざし、その先端から電撃をナガイ君に放った。その瞬間を見逃さず2人の芸術作品はナガイ君めがけて突きを放った。防御に絶対の自信を持っているナガイ君をしても電撃に打たれた事もあり、彼らのシミターの刃先を完全に回避することは出来なかった。一つは右肩をえぐり、もうひととつは左ももを貫いた。


 「ナガイ!」


 すぐ後ろにいたローズさんが叫ぶ。ナガイ君はそのローズさんの目の前に崩れ落ちた。


 「ナガイ?と言ったか?お前も邪魔な存在だな。そしてもちろん、貴様……。」


 少女は今度はツボミさんにナイフをかざした。


 「カイカ・オーキッドの娘。当然貴様もこの世界には邪魔だ。」


 僕たちは一様に恐怖した。その少女の表情にはおよそ人の持つ柔らかな感情というものを認めることが出来なかったからだ。少女は僕達のそんな姿に満足したのか再び邪悪な笑みを浮かべ、ベランダからすでに日の落ちた闇へと消えた。二人の巨漢の兄弟(あるいは姉妹)もそれを追うが、最後に今後、いつでも気が向いた時に襲いに来ると下卑た笑いを残して行った。


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